二度目の来店
扉を開けるとチリンと音が鳴る。
黒が基調になっている落ち着いたこじんまりとした店内はこの前来た時と同じだ。
「おや、ガールドさん。こんばんは」
「マスター、こんばんは。あ、先日は色々とありがとうございました。ご迷惑もお掛けしてすみません……。それと緊急用伝達魔法もうまくできました!」
「いえいえ、お気になさらないで下さい。ガールドさんのお役に立てて光栄です」
「ふふ、ありがとうございます」
朗らかに笑ったマスターに私も笑って、謝辞も一緒に述べると優しく返してくれた。
今日は壮年のガタイがいい男性が一人いるのみだ。その人が入って来た私を一瞬だけ見た。
私はなるべく以前と同じ席になるようにマスターに聞く。
「マスター、奥の席行ってもいいですか?」
「構いませんよ」
「ありがとうございます」
マスターにお礼を言ってから席へと向かう。一人でこういった店に入ったのは何気に初めてなので少しだけ緊張した。
この前アリオンと来た時はそんなことを感じなかったのは……やっぱりアリオンと一緒だから安心していたのだろう。
「嬢ちゃんもこの店によく来るのかい?」
先に来ていた壮年の男性に話し掛けられて少し驚く。
顔を向けて見ると、顔に大きな傷がある厳つい見た目の男性がにっと楽しそうに笑っている。
少し緊張しながら答える。
「あの、この前一度来ただけなんですけど、いい店だなぁと思って……また来ました」
私がそう答えるとマスターが嬉しそうに笑ってくれた。
「ガールドさんにそう言って頂けて光栄ですよ。リュドさんはあまり若い娘に話し掛けないで下さいね」
マスターは壮年の男性をリュドさんと呼んで釘を刺す。その様子に目をパチクリとさせた。
この前のアリオンとは少し対応が違う。そういえばアリオンにこのお店の中の安全は保証すると言ってくれていたからだろうか。
思わずふふっと笑ってしまう。
「なんだ、マスター。ケチだなぁ」
笑いながらそう言うリュドさんという男性に対してマスターはにっこりと笑む。
「そのような事を仰っていると出入禁止に致しますよ」
表情とは似つかない言葉に驚く。マスターもリュドさんという人には遠慮がない気がする。
もしかしてかなり常連さんなのだろうか。
「ふう。冗談通じねぇんだから、マスターは」
肩を竦めたリュドさんは手に持っていたグラスを傾けて飲んでいた。
マスターが私に朗らかに笑った。
「ガールドさん、ブライトさんに伝達魔法を送っておきましたので、きっと仕事終わりに迎えに来てくれますよ」
「!!え、いつの間に送ったんですか?」
全然そんな素振りが分からなかったので目を見開く。
――アリオンに、会える……。
それが目的でここに来たのだけれど、本当に会えそうだという実感が湧いてきて、口元が緩む。
「ほっほ、それは秘密です」
「すごい、全然分からなかったです……!」
お茶目にウインクをしながら笑ったマスターに尊敬の眼差しを向ける。
「なんだ、ブライトって言うと……あの騎士の坊主の連れか?」
リュドさんがそう言うので、アリオンとも顔見知りなのだと分かる。アリオンが一人で来ていた時に知り合ったんだろう。
「そうですよ。ブライトさんの『大切なお連れ様』なので手出ししては駄目ですよ、リュドさん」
マスターの言葉に目を瞬かせる。なんだか大切なお連れ様というのが、含みを持っていた気がする。
「ははあ!なるほどなぁ!」
更にリュドさんがとても楽しそうに言ったので驚く。
「!?あ、あの……マスター……」
疑問が湧いてマスターを呼ぶ。
以前の私はアリオンが過保護にしているだけだと思っていたから、こんな話題をされていても全然気づかなかった。けれど、なんだかマスターは以前からアリオンの気持ち知ってたような雰囲気だ。
――そういえば……この前も、なんだかアリオンにそんな感じの言葉をかけてたような……?
あの時私は友人だと返したけれど……アリオンにとってはそうじゃなかったはずだ。
顔に熱が集まってくる感覚がする。
「どうされました?」
不思議そうに首を傾げたマスターに、意を決して聞く。
「その……マスターは……あ、アリオンの気持ち……知っていたんですか?」
私の言葉にマスターは目を丸くした。
「おや?……もしかしてブライトさんに告白でもされましたか?」
「……は、はい……」
言い当てられて思わず顔を両手で覆った。
――やっぱり知ってたんだ……!
マスターの楽しそうに笑う声が聞こえる。
「ほっほ。発破はかけましたが、まさかこんなに早く告白するとは思いませんでしたねぇ」
その言葉に私も目を丸くした。
「は、発破かけたんですか、マスター?」
それはつまりアリオンの告白の後押しをした、ということだろうか。
「なかなか不器用なブライトさんを見兼ねてしまいましてね」
「不器用、なんですか……?」
マスターの言葉に目をパチパチさせる。
私にあんなに真っ直ぐ告白してきてくれたアリオンは、不器用そうには見えなくて。
「ええ、不器用でしたよ。ガールドさんの事を大切そうに見守っていらっしゃるのに、以前は全く伝える気がなさそうでしてね」
大切そうに見守っているという部分は嬉しいのに、伝える気がなかったという話で落ち込む。
「そう、なんですか……」
アリオンは……マスターに言われなければ私に告白しないつもりだったんだろうか。……伝えてくれないなんて、嫌だな。
そう思って、ちらりとマスターを見る。マスターには感謝しないと。でも……その事に直接お礼を言うのは恥ずかしく感じた。
すると横から楽しそうな笑い声が聞こえた。
「はは、面白そうな話してるなあ!」
にっと笑って心底楽しそうにしているリュドさんに、恥ずかしくて顔が赤くなった気がして顔を伏せる。
「リュドさん、茶化しては駄目ですよ」
マスターから注意が飛ぶ。
「いや、あの騎士の坊主あんな顔してるのに恋に不器用だなんて思わねぇだろ!」
確かにアリオンは色気のある顔をしている。あれで恋に不器用だなんて思わないだろう。
――告白された私だって……思ってなかったもの……。
「ほっほ。まだまだですねぇ、リュドさん。ああいう青年こそ自分の恋には不器用なものですよ」
マスターは朗らかに笑いながらリュドさんに返す。
「はっは!そう言われちゃ何も言えなくなっちまう!マスターの経験には俺は及ばねぇからな」
グイッとグラスを傾けながらにっと笑うリュドさんは、だいぶマスターを信用しているみたいだ。確かにマスターは信用できる人だと思う。
アリオンもここを待ち合わせ場所に指定するくらい信用しているみたいだし……。
「アリオンが……不器用……」
アリオンを思い浮かべながら、マスターが言った言葉をもう一度繰り返す。
ずっと……私への想いに気づかずに過保護に……大切にしてくれていたのは……確かに不器用だったのかもしれない。
それでも……そんなアリオンの不器用な想いが、私の心を温かくしてくれるのは、間違いなくて。
心臓が、ぎゅっとなる。
「そうですよ。ガールドさんの為なら自分の気持ちなんて押し殺してしまいそうなところがありましたから」
マスターは優しく目を細めながらそう言う。
マスターの言った事には心当たりがあった。
「それは……そうかも、しれません……」
アリオンは告白の時にも、私がユーヴェンを諦めないのなら嫌だけど協力すると言っていた。それはきっと自分の気持ちを押し殺しながら協力するという事で。
もっと……アリオン自身の望みを……優先しても、よかったのに。
スカートを、ぎゅっと握った。