不安な心
「ね、アリオン」
王宮の廊下を歩きながら、アリオンに話し掛ける。
「どうした?」
アリオンはいつものように優しく聞いてくれる。それに安心しながらさっき覚えた不安を口に出す。
「……あのね、気をつけてね……」
グランドン隊長が言っていた話だと、アリオンも見習い騎士ながら何かの件で動くのだろう。
それがどんな件なのかは分からないけど、いつもより危険があるのではないかと不安になった。
「……さっきの話で少し不安になったか?」
アリオンも先程の話の件だとわかったのだろう。少しだけ眉を下げながら聞いてくる。
「……うん。お兄ちゃんもアリオンも騎士って職種なんだから……そういうものだって……わかってるんだけど……」
それでも、心配にはなってしまう。兄もアリオンも有事の際にしっかりと活動する為に今日のような訓練もしているとわかっているのに。
「わかってても家族や……友人が、ってなると心配にもなるよな」
「……うん……」
落ち着かせるような優しい響きのアリオンの声に、ぎゅっとスカートを握って頷く。
それに、もうアリオンはただの友人じゃないと、思うから。
アリオンはそんな私に安心させるようににっと笑う。
「大丈夫だ。リックさんはかなり強えよ?ローリーだって見てたろ?それにそんなリックさんから稽古つけられてる俺も、自分でもだいぶ力がついてきたとは思ってる。それにちゃんと戦況の見極め方も教えてもらってっから、やべぇ時はしっかり引いて増援を呼ぶ。だから、大丈夫だよ」
兄の凄い動きは見た。あの兄が負けるような所は確かに想像できない。それにアリオン自身も色んな事態に対処できると示してくれるのは、きっと私を安心させる為で。それが温かい。
「うん……」
きゅっと唇に力を入れた。
アリオンは私を覗き込んで、優しく笑う。
「ローリー。リックさんも俺も、ちゃんとお前のとこに戻ってくる。信じててくれ」
その言葉が頼もしくて、アリオンの笑顔が眩しくて、胸がきゅっとなる。
心配な気持ちは消える訳ではない。それでも、アリオンの優しくて頼もしい言葉を信じたい。
「わかった。信じてるからね……」
「おう」
だからなるべく笑って頷いた。その笑顔は少し弱々しいものだったような気がするけれど、アリオンも緩く笑って頷いてくれた。
そんなアリオンにもう少し甘えたくなった。
だからお願いする。
「アリオン、手、ぎゅっとして?」
そう言って手を差し出す。
「そしたらちょっとは安心するか?」
アリオンが優しく聞いてきてくれた事に頷く。
「うん」
きっとアリオンの温かい体温を感じれば、少しは安心できると思うから。
それに緊急性がある件だと、暫く会えないかもしれない。色んな人が居たり、部外者の私が居る前でしていた話だから、その可能性は低いような気がするけれど……。それでも今わかっている勤務形態の変更はありそうだ。そうしたら、きっとあまり会えなくなる。
それが、寂しい。
「わかった」
アリオンは柔らかく笑って頷いて、差し出していた手を握ってくれる。
優しく、それでも力強く握ってくれた手に安心する。いつもの大きくて少しごつごつしていて温かい、アリオンの手だ。
「ふふ、ありがとアリオン」
その手の感触が嬉しくて、思わず笑みを零しながらお礼を言う。
私の言葉に微笑んでから、アリオンは頬を掻いて少し言いにくそうに話す。
「ローリー、こんなこと言っててもな……まだ聞いてねぇからわかんねぇけど……もしかしたらただの巡回強化かもしんねぇからな」
アリオンはそうだったら大げさだったかもしれないと思っているのだろう。でも、ただの巡回強化であればそれでいい。それに日々の巡回だって、何が起こるか分からないのだから心配なのは変わらない。
「それならそれでいいわよ。今ちょっと不安だから、安心したいだけだもの」
だから、そう返す。
「ん、わかった……」
アリオンは私に優しく返すと、歩みを止める。
そして、安心させるようにアリオンが私の頭を撫でた。
「ん……」
いつもの優しい撫で方が気持ちよくて、少しだけ目を閉じた。
その時。
「ローリー?……と、ブライト?」
聞き覚えのある声が、廊下の先から聞こえてきた。
ばっとアリオンと一緒に声の聞こえた方に向くと、一つ先の曲がり角付近に少し長めの赤い髪をポニーテールにしている、琥珀色の目を力いっぱい開いたスカーレットが居た。
「!!す、スカーレット!?」
「キャリー!?」
アリオンとほぼ同時に叫びながら、パッと手を離す。アリオンも一緒に私の頭からも、繋いでいた手も離した。
「え……あれ……?今、何……してたの……?」
眉を寄せた怪訝な顔で近づきながら聞いてくるスカーレットに、曖昧に笑う。
「あ……挨拶……?」
苦しい言い訳だと自分でも思った。
スカーレットにちゃんと説明しないといけないと思うのに、アリオンに甘えているところを見られてしまったのが恥ずかしくて、どこから言えばいいのか分からなくなる。
「ええ?今のが……?」
案の定、首を傾げられる。
その時、スカーレットの後ろから銀の髪に淡い紫色の目をした長身の男性が現れた。私も何度か見たことがあるフューリーさんだ。
フューリーさんは呆れたような顔をしてこっちを見てから、スカーレットの腕を掴む。
その視線に更に恥ずかしさが増した。
「スカーレット、ちょっとこっち来い」
「え、何よカイン!?」
スカーレットはフューリーさんのいきなりの行動に驚いたようで、フューリーさんの方を振り向いた。
「フューリーも居たのか……」
首を搔きながらアリオンが呟くと、フューリーさんが溜め息を吐いてからアリオンに釘を刺す。
「ブライト、ここ王宮の廊下だからな……」
「うっ……」
「あう……」
フューリーさんの最もな言葉にアリオンも私も思わず声を漏らした。
フューリーさんは頭を掻いてから、言いにくそうに聞いてくる。スカーレットはアリオンとフューリーさんのやり取りを怪訝な顔をしたまま交互に見ている。
「あー……スカーレットに俺から言っといていいか?俺等ちょっと呼ばれてんだよ」
その言葉にはっとする。もしかしたらスカーレットもフューリーさんも、アリオンと同じ用件で呼ばれているのかもしれない。また少し、不安になる。
――スカーレットの事も、信じなきゃ。
先程のアリオンの言葉が、蘇った。
「そうか、分かった。頼む……」
アリオンは息を吐きながら返す。思えばフューリーさんは私とアリオンの関係を既に知っているのだ。
「……ごめんなさい、フューリーさん……。お願いします……」
間接的でもアリオンに説明をお願いしたのは私なので、私も一緒にお願いする。
「気にしないでください」
フューリーさんはにこりと笑いながら答えてくれたが、そのやり取りにスカーレットが目を見開いた。
「え?なんでローリーがカインの事知ってるの?」
その言葉に答えたいけれど、今は説明が難しい。フューリーさんの気持ちを言う訳にもいかないので少し考えたいし、先程呼ばれていると言っていたので短い時間で言える自信もなかった。
「えっと……スカーレット、また私からも説明するから……」
今言える事を伝えると、スカーレットは私に寄って来ようとする。だがフューリーさんがスカーレットの腕を引っ張って止める。
「わ。ちょっとカイン、引っ張らないでよ。まだローリーに」
「俺等呼ばれてんだから行かないといけねぇだろ。ちゃんとお前には俺が説明してやるから一緒に来い」
スカーレットの言葉を遮って連れて行こうとするフューリーさんにスカーレットが叫ぶ。
「なんでカインが知ってんのよ!?私知らないのに!」
そのスカーレットの言葉に申し訳なさが湧く。
スカーレットにも言おうと思っていたけれど、まだあまり考えられていなかった。まずは自分の気持ちをしまい込みそうなカリナに話さないと、と思っていたからだ。
――それに……言うならちょっと相談に乗ってほしかったから……長めに話せる時に言いたかったのよね……。
でもこうなるなら今は早く言っておけばよかったと思う。
「俺のはブライト経由だ」
「はあ!?あんた達最近仲良すぎじゃない!?」
スカーレットが噛みつくようにアリオンとフューリーさんを見る。
アリオンは視線を逸らして、フューリーさんは少し遠い目をした。
「……俺は自慢されただけだけどな……」
「何をよ?意味わかんないんだけど!?」
「……それを説明してやるから早く行くぞ」
そうやってフューリーさんに引っ張られていくスカーレットは眉を下げて私を見た。
「え、ローリー……」
そんなスカーレットに申し訳なくなって謝る。
「ごめんね、スカーレット。ちゃんと今度、私からもしっかり説明するから……」
私がそう言うと、スカーレットは一度目を瞑ってからまた私を琥珀色の目で見る。
「わかった……とりあえずカインから聞いとく。けど、絶対ローリーからも教えてね!」
了承してくれたスカーレットに微笑んで、お礼を言う。
「ありがとう、スカーレット。ちゃんと教えるわ」
スカーレットは私の言葉に笑って頷くと、フューリーさんと一緒に去っていった。
「……ローリー、行くか……」
去った二人を見てからアリオンが溜め息を吐いてそう言う。
「うん。……ごめんね、アリオン。場所を考えずにお願いしちゃって……」
元は私が不安だからとこんな所でアリオンに頼んでしまったのが原因だ。スカーレットとフューリーさんだったからよかったけれど、他の人だったら瞬く間に噂が広がってしまっただろう。
アリオンの彼女だと思われても構わないけれど、王宮内であまり……いちゃついていたと思われるのはよくないような気がする。
「いや、俺も……つい頭撫でちまったからな……お前と同罪だよ。悪いな……」
「ううん……」
アリオンもそう謝ってきたので、首を振った。
歩き出すアリオンについていく。
思いがけない事は起きてしまったけれど、私の中にあった不安は少しだけ薄れていた。




