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掴んだ服


 私はグランドン隊長にお礼をする。恐らく私の為でもあるのだろうから。


「あの、ありがとうございます……」


「いや、構わない。……それにしても……騎士団内で噂に上がっていたブライトの彼女というのがリックの妹の事だったとは……よく許したな、お前」


 グランドン隊長の言った言葉に少し顔が赤くなった気がしたと同時くらいに、また兄がグランドン隊長の首元に剣を向けた。

 そしてにっこり笑って言う。


「ハーヴィー。まだ、ローリーとアリオンくんは付き合ってないよ。まだ。ね、アリオンくん?」


「!は、はい!……その……つ、付き合ってません……まだ……」


 兄の笑顔の言葉にアリオンは少し恥ずかしそうに答える。まだという言葉が照れくさい。


「…………そう、なのか……?」


 グランドン隊長は不思議そうにアリオンと私の様子を見ていた。

 もしかして付き合っているように見えるのだろうか。嬉しい……と思うけれど、今は普通にしているつもりなのになんでだろうと考えた。


 ……そういえば、最近アリオンと距離感が近いような気がする。今だって、考えればアリオンのすぐ隣に自然と立っていた。


 それに気づくと急に恥ずかしくなって、とりあえずグランドン隊長に剣を向けている兄に突っ込む。


「お、お兄ちゃんはいちいちグランドンさんに剣向けるの止めなさいよ!」


 グランドン隊長は当たり前みたいに流しているけれど、どう考えてもくだらない事で剣を向けている。


 ――私の事でお兄ちゃん見境がなくなるってグランドンさん言ってたけど、もしかしていつもこんな事してたの!?


 兄の日頃の行いが見えてしまった気がした。


 兄は私に優しく笑いながら返す。


「大丈夫だよ、ローリー。こいつ無防備そうに見えるけど、こうしててもどうにかできるよ。じゃないと隊長失格だから」


「そういう問題じゃないでしょ!」


 対応できればいいという話ではないはずだ。


 兄は私の言葉に肩を竦めると、グランドン隊長の首元から剣を下ろした。

 グランドン隊長はそれに対しても気にした素振りがなく、普通に話す。


 ――絶対にいつもやってたのね、これ……!


 兄とグランドン隊長の様子を見て確信した。申し訳ない気持ちが湧くが、なんだかこれもこの二人の交流の仕方みたいな気さえしてきて突っ込みにくくなってしまった。


「……しかしブライトはリックからかなり信頼されているんだな。まさか妹を送る役目を誰かに譲るなんて……昔のこいつからは考えられないぞ……」


 驚いたように言うグランドン隊長に、アリオンは目を瞬かせた。


 私も思わず兄を見る。昔はどんな事を言っていたのか不安になってしまう。


 兄はグランドン隊長に鋭い目を向けた。


「ハーヴィー、余計な事は言わない。やられないとわかんない?」


「はは、簡単に俺がやられると思うならお前も腕が鈍ってるんじゃないか?」


 兄が低い声で出した言葉に対して、グランドン隊長はにっこり笑いながら返した。


 なんだか雲行きが怪しい。少し下がって、アリオンの後ろに移動する。

 アリオンも私をちらりと見て、庇うように前に立ってくれた。


「へぇ、面白いね、その冗談」


「冗談かどうか試してみるか?」


 何故か一触即発な雰囲気で、空気がピリついている。


 その雰囲気に怖くなってしまって、アリオンの制服をぎゅっと掴んだ。

 アリオンは私のその手に一瞬だけ軽く触れると、息を吸った。


「あの、リックさん、グランドン隊長!その、大切なお話があるのでは……」


 大きめの声で兄とグランドン隊長の名を呼ぶアリオン。きっと私の為に止めてくれたのだろう事を思うと、なんとも言えない気持ちが湧いて、もう少しだけ近づいて制服を掴む手の力を強めた。


 兄はアリオンの声にグランドン隊長を見据えたまま溜め息を吐いた。


「……はあ。そうだね、アリオンくん。ハーヴィー、お前も血の気が多いよね……。僕の挑発に乗らないでよ」


 兄は自分の事を棚上げしてグランドン隊長に文句を言っている。仲が良いんだろうけどもう少し殊勝になれないものかと、妹の私としては思う。


「すまんな、ブライト。……しかし、リック……挑発してきた本人がその言葉をよく言えるな」


 グランドン隊長も止めたアリオンに謝ってから、呆れたように兄に言う。


 ――やっぱりグランドンさんもそう思ってるじゃない……。


「いいじゃないか。僕は昔からこうだよ。……あ、ローリー、ごめん。怖かったかい?」


 そうしていると、兄の目がこちらに向いた。

 向いた途端に眉を下げてこちらに来るので、アリオンの後ろに居たからすぐに私が怖くなった事に気づいたのだろう。


「あ……ううん、大丈夫……」


 先程の怖い雰囲気ではない、いつもの兄に安心しながらアリオンの後ろから覗いて答える。


 ふとグランドン隊長を見ると目を丸くしていた。


「……いや、お前……それ直接見て怒らないとか……妹に近づく男は全員粛清するって言ってた人物と本当に同一人物なのか?俺が知らん間に入れ替わってたとかないよな……?」


 グランドン隊長は信じられないようなものを見るような目で兄を観察している。


 ――お兄ちゃん何を言っていたのよ!?


 私も思わずジトッとした目で兄を見た。


「うるさいよ、ハーヴィー」


 兄が投げやりな態度で答えると、グランドン隊長は感心したように息を漏らした。


「はあー……お前ほんとにブライトを気に入っているんだな……」


 兄がアリオンを気に入っているのは事実だとは思うけれど、兄の同期の人からこんなに言われる程なんて思わなかった。


 ――でも……お兄ちゃん、付き合ってもいい……みたいなこと、言ってたものね……。


 少し顔が赤く染まった感覚がした。


「……はあ。……アリオンくんはローリーの昔からの友人だからね。昔から仲良いの知ってるし、多少は許容してるだけ」


 兄は溜め息を吐くとそう答える。


「……さっき『まだ』と言っていたが、別にブライトとならいいとでも思ってるんじゃないか?」


 グランドン隊長の突っ込んだ質問に、兄は冷えた目で睨む。


「ハーヴィー……お前は僕を挑発してるの?」


 冷たい兄の声にまたアリオンの服をぎゅっと掴んだ。


「しているつもりはないがな。お前の変わりようが面白いだけだ」


 グランドン隊長も挑発するような笑みを浮かべている。


「してるよね、それ」


 氷点下まで冷えたような目で兄はグランドン隊長を見た。


 ――これが二人の普段からのやり取りなのかもしれないけど、ちょっと空気が悪くて……少し怖い……!


 アリオンの方に身を寄せると、アリオンが少し振り向いて優しく笑った。


「大丈夫だ、ローリー。二人とも仲良いだけだ」


 アリオンもあれが二人の普段のやり取りだと気づいたのだろう。安心させるように優しく手を叩いてくれた。


「うん……」


 アリオンの笑顔と行動に少し安心して小さく笑みを漏らした。


 その私達のやり取りにはっと気付いた兄とグランドン隊長がこちらを向いて謝ってくる。


「ああ、すまないな。こんな話をする気はなかったんだが……こいつと話すとどうしてもな……」


 眉を寄せて申し訳無さそうに言うグランドン隊長の言葉に首を振りながら返す。


「あ、大丈夫です。少しびっくりしただけなので……」


「ごめんね、ローリー。僕もこいつと話すとつい喧嘩腰になっちゃって……。ローリーに怒ってるわけじゃないからね。アリオンくん、ローリー送ってきてくれたらいいよ。送ったら僕の所に来なさい。こいつから話は聞いておくから」


 兄は眉を下げて私に謝ると、アリオンに頼む。


「お兄ちゃんも気にしないで」


「はい、わかりました」


 私とアリオンがそれぞれ兄に返すと、兄は笑って頷いた。


「ローリーごめんね、またね」


「ううん。またね、お兄ちゃん」


 兄がまた謝りながら頭を撫でてくるので大人しく受け入れる。兄も昨日言われた事を気にしているのか撫で方は優しめだ。私も昨日の喧嘩を思い返すと振り払う気にはなれなかったが、以前よりも人がいるので恥ずかしい思いが湧く。


「私もすまない。ブライトも稽古を途中で切り上げさせてしまって悪いな」


 兄が撫で終わるとグランドン隊長がまた謝ってくるので、思わず慌てながら返す。


「あ、いえ、気にしないでください」


「自分も大丈夫です。では、ローリーを送ってきます」


 グランドン隊長の言葉にアリオンも返すと、私の方を向く。


「ほら、ローリー行くぞ」


「あ、うん。アリオン、ごめんね」


 その言葉と同時にアリオンの制服から手を離すと、アリオンは柔らかく笑んだ。


「気にすんなよ。俺もお前を送りたいんだから」


 優しい言葉にきゅっと唇を寄せた。


「うん……」


 頷いて、兄とグランドン隊長に頭を下げてから歩き出したアリオンに続くように、私も頭を下げてアリオンについて歩く。


 いつもの少し斜め前を歩くアリオンの後ろ姿に、口端が綻んだ。



読んで頂きありがとうございます。

更新遅くなりすみません。

これからもよろしくお願いします。

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