アリオンの想い
熱を孕んだアリオンの瞳から、その真剣な眼差しから、アリオンの想いが、伝わってくる。
顔が一気に赤く染まった。
アリオンは私を見たまま、話を続ける。
その私への想いを伝えてくるアリオンから、私は目を離せない。
「だから、紹介はできねぇ。したくねぇ。ローリーが、もしも新しい恋をしたいんなら」
アリオンはそこで一旦言葉を止めて、合っていた目が、少し逸れる。
一度息を吸うと、また私をその灰褐色の瞳で射抜いた。
心臓が、跳ねた。
「恋の相手に、一度、俺のことを……考えてほしい」
アリオンの切望するような瞳には、確かに熱が籠もっていて、私の瞳にその熱を、伝えてくるようで。
――頭が、沸騰しそう。
初めての異性からの告白が、アリオンからで。しかもこんなに真摯に言われて。胸の動悸が激しくなっていく。
どうしていいのかわからない。
「で、でもアリオン!さ、さっき……ゆ、ユーヴェンに告白したい、なら、すれば、いいって……!」
アリオンに言われた言葉を思い出して聞く。
――あ、アリオンが私をす、好き、なら……お、おかしい、気がする……!
熱が上っている頬を手で抑えながら聞くと、アリオンは思い切り顔を歪めた。
「ほんとはすっげぇ嫌に決まってんだろ。でも俺はお前に弱えんだよ。あんなに泣かれたら、もしユーヴェンに告白することでお前が報われるなら、仕方ねぇかなって思ったんだ。ローリーがなるべくたくさん笑って、幸せでいてくれること、俺は結局それが、一番嬉しいんだよ」
「!な、何それ……!」
そのアリオンの言葉は、全て私を思って言った、ということに他ならなくて、更に顔に熱が上っていく感覚がする。
アリオンは顔を歪めたまま、気まずそうに話を続ける。
「……それになあ、もしかしたらユーヴェンがお前を好きになんなかったの、俺のせいかもしんねぇって思ってんだよ。俺がローリーを好きだから、あいつはローリーを好きになったりとかしなかったのかもしんねぇって。だから……それはローリーに、悪かったと思ってんだよ……」
「へ!?」
思わず変な声が出る。
――……あれ、それって……それって……あ、アリオン……い、いつから私のこと、好きだったの……!?
思わぬアリオンの告白に、上っていく熱が止まらない。
別にアリオンが私を好きだったからって、ユーヴェンが私を好きにならなかった事はそんなに関係ないような気がする。
必死に赤くなっていく顔をどうにかしようとしていると、アリオンが更に顔を歪め、絞り出すような声で言う。
「だから、お前がユーヴェンを好きなままでいるって言うなら……嫌だけど、協力して、やる……。俺のせいかも、しんねぇし……嫌だけど……」
その言葉は、やっぱり私を想って言われたもので。
「……!!あ……アリオン、あんた……い、いつから……わ、私の、こと……す、好きだった、の……?」
思わず、その熱の理由を知りたくなって、聞いてしまう。
「わかんねぇ。気づいたのは最近だけどな。けど……たぶん……かなり前からじゃ、ねぇかな。学園の頃の……けっこう最初の方から、だとは思う」
「!!」
少し首を傾げながら言ったアリオンの言葉に驚いて、顔を両手で覆った。
――学園の最初の方から……って!?え、それ……え!?ず、ずっと……って、こと!?
全身が熱くなってしまっているような気がする。
「ローリー、嫌、か?」
その言葉に手をどけると、アリオンは不安そうな表情を浮かべていた。
アリオンにそんな顔してほしくなくて、ぶんぶんと顔を振って答える。
「い、嫌なわけない!」
それは、本当の事だ。驚いたけれど、アリオンの気持ちが嫌なんて、そんな訳ない。
「そうか……ありがとな」
アリオンは私の言葉に、とても嬉しそうに笑う。
その笑顔に少し胸がきゅっとなった。
「こ、混乱、してる、だけ」
そのままアリオンに自分の挙動の理由を語る。嫌だとは、もう思われたくない。
アリオンは仕方ないように笑った。
「悪いな。突然だもんな」
「ん、うん……」
――勘違いしてしまいそうだと、一瞬思ったけど……。
まさか本当にそうだなんて、思わなかった。
そんなことを考えると、今日のアリオンの言動や行動全てを思い返してしまって、全身に熱が巡っていく。
アリオンの行動全てが私が好きでやっていたことなら。アリオンに少し強く抱き込まれるようにされたことも、絡めた温かい手も、少し早かった心臓の音も、私の傍にいたいと言った、告白のような、あの言葉も全て。
アリオンが、私を好きだっていう、証拠で。
それどころか、いつも頭を撫でてくれていたのも、いつも私を甘やかしてくれたのも、ずっと私に過保護で、優しくしてくれていたのも……きっと、アリオンが私を好きだったからで。
今までのアリオンの全ての行動が、私を想いながらしたことなら。
どれだけ、想っていてくれたんだろう。
心臓がぎゅうっとなる。
その事に少し自分の中で驚いた。
――告白されたのなんて、初めてだから、仕方ないもん!
何かを言い訳するように考えた言葉に、自分でもわからなくなってくる。
アリオンは立てた膝に腕を乗せ、頬杖をついて私をじっと見ていた。
「けどローリー、もう少し気づいてもいいんじゃね?俺今日ほぼ告白するぐらいの勢いの言葉ばっか言ってたけど」
さっき考えたばかりの事を言われて、むっとする。
「な、何よそれ!気づいてない私が悪いの?」
「はは、多少?」
アリオンは楽しそうに笑っているので冗談のつもりなのだろう。
そんなアリオンに思わず言い返した。
「私だって勘違いしそうって思ったもの!……あっ!」
言い終わってから自分の失態に気づく。
そんな事を考えていたのがばれてしまった。
「思ったのか?」
アリオンは少し驚いたように聞いてくる。
「ち、ちょっとよ、ちょっと……!」
アリオンから目を逸らして答えると、アリオンの笑い声が響いた。
「ははっ、なんか意識してくれてるみてぇで嬉しい」
「わ、笑わないでよ……!」
頬を膨らましながらアリオンに目を戻すと、柔らかい表情で私を見ていた。
「嬉しくてな、悪い」
「あ、謝らなくても、いいけど……」
アリオンの柔らかい声と、先程の表情に恥ずかしくなって下を向く。
「ん、ありがとな」
きゅっとスカートを握った。
「うん……」
むず痒くて、恥ずかしい。
アリオンの態度も言葉も、全てが、私を好きだと、言っているようで。
堪らない、気持ちになる。
「なあ、ローリー」
そう話し掛けてきたアリオンは、真っ直ぐ私を灰褐色の瞳で見つめている。
「な、何?」
また、スカートを握った。
「俺、お前に少しでもいいから、俺の事、考えてほしいって思っちまうんだ」
真摯な眼差しで、言うアリオンの言葉は、私に強制はしない優しさで溢れていて。
「うん……」
それが、くすぐったくて、温かい。
「少しでいい。俺の事、考えてくれねぇか?……駄目なら駄目で、諦め……られる気はしねぇけど、迷惑かけねぇようにすっから」
アリオンの言葉に、カッと顔が赤くなった。
「!!ば、バカ!」
思わず悪態をつく。
――あ、諦められる気がしない、って、な、何!?
アリオンは私の様子に、眉を下げる。
「駄目か?」
その様子に、ふるふると首を振る。
アリオンがずっと……恥ずかしいことばっかり言うから、反応がおかしくなってしまう。
「……だ、駄目じゃ、ない」
ぽつりと零すと、アリオンが破顔する。
「そうか、嬉しい」
その笑顔に絆されて、私は、応えたいと、思った。
「……わ、私、だって……」
「ん?」
「あ、アリオンの、こと……好きに、なれば、よかった……って、言った、の……ほんとに、思ったから、言ったもん……」
――恥ずかしい。でも……ほんとに、アリオンが、よかったから。
「!」
アリオンが、目を丸くするのを見てから、恥ずかしくなって、ぎゅっと目を瞑る。
「だ、だから……その……私……あ、アリオンを……好きに、なりたい……」
素直な、今の、私の、気持ち。
ユーヴェンを好きなことはやめたかった。アリオンのことを好きになればよかったと思った。
それを、アリオンが、望んでくれるというのなら、私は……そうしたい。
「……ローリー」
私の名前を呼んだアリオンの声には、熱が籠もっているように思えて。
頭が、くらくらする。
「だって……アリオンは、今まで……ずっと、私に、優しくって、甘えさせて、くれて、頼りに、なって、我儘も、言える……わ、私にとっても……大切な、人、だもん……」
アリオンだって、私にとって大切な友人なのは、変わりなくて。その大切の形が、変えられるなら、変えたいと、思う。
「うん」
「だから……アリオンの、想い、に……こ、応えられる、なら……応えたい、って……思う……」
優しく相槌を打ったアリオンの声に励まされて、最後まで言葉を紡いだ。
そっと閉じていた目を開けると、アリオンは蕩けるような微笑みを浮かべていた。
「……あー……やっべぇ」
思わず出たような、声に少し肩を揺らす。
「な、なによ?」
何か駄目なことを言ったのかと不安になりながら聞き返す。
「すげぇ嬉しい……」
蕩けるような微笑みのまま、噛み締めるように言われた言葉に、心臓が、跳ねた。
唇に、ぎゅっと力を入れる。
「ローリーが俺のこと好きになりたいとか、俺が大切な人だとか、俺の想いに応えたいって言ってくれるなんて、嬉しすぎて夢かと思っちまう」
頭を掻きながら、嬉しそうに頬を染めて笑うアリオンの瞳は少しだけ潤んでいるようにも思えて。
「ゆ、夢じゃない、わよ」
だから、ちゃんと肯定した。
「おう、だから余計嬉しい」
あまりにも嬉しそうに言うので、恥ずかしくなって、思わず素直じゃない言葉が飛び出す。
「……ほんとに、好きになるか、なんて……わかんない、わよ」
そんなことを言うけれど、なんだか……アリオンを好きにならないなら、ユーヴェンの他に誰を好きになれるんだろうと思ってしまう。
だって、アリオンが彼女いらないなら、私も彼氏はいいかなって、もともと考えていて……アリオンが傍にいるならいいって……思っちゃってて……。
それって、なんだか、まるで……。
まるで…………依存、してる、みたい、な。
――それって……どうなんだろう……。
少し微妙な気持ちになっていると、アリオンがにっと笑った。
「ん、わかってる。でも、ローリーがそう思ってくれるだけで、嬉しいんだよ。それにな、ローリーに俺を好きになってもらえるよう、俺が頑張ればいいんだろ?」
「!ば、バーカ!」
アリオンの言葉にまた悪態が出る。
「照れてるな、ローリー」
楽しそうに笑うアリオンが憎たらしい。
「あんた、なんでいつも照れてるくせにこんなこと言ってて照れないの!?」
今も赤いのは赤いけれど、照れた様子もなくずっと私に照れるのも仕方ないような言葉を掛けてくる。
「ローリーへの素直な気持ちだしな」
ふっと笑って言うアリオンに、何度目かわからない言葉をぶつける。
「バカ!」
「バカでいいよ」
笑いながら言うアリオンに対してむくれる。
「むー……」
「いじけんなよ。そんな可愛い顔されてもローリーが可愛くって抱き締めてぇな、としか思えねぇよ」
アリオンのとんでもない発言に思わずアリオンを軽く叩く。
「!バカ!バカアリオン!!」
アリオンは堪えた様子もなく、私を覗き込んでくる。
「駄目か?」
「だ、駄目!」
「そっか」
許可をもらえるとは元から思ってなかったのだろう、アリオンは終始笑っていた。
「アリオン、こんな風に、ずっと……伝えて、くるの……?」
可愛いとか、抱き締めたいとか……初めて言われることばかりで、頭が甘さと熱さでゆらゆらしてしまう。
「嫌か?」
――また、ずるい。
アリオンの、この言葉に、私も弱いような気がする。
「……嫌じゃない、けど……は、恥ずかしい」
手を膝の上で組んだり解いたりしながら、正直に喋る。
「……嫌じゃねぇ、なら……俺は、お前が好きだって伝えてぇ。……それで、お前もこれまで通り、俺に甘えて、頼って、我儘言ってくれると俺が嬉しい。俺がお前を好きだからって、遠慮はされたくねぇ。いいか?」
――今まで通りでいいんだ……。
そのことに、安心する。
アリオンからの言葉は、慣れないけれど、嫌な訳じゃない。むしろ、ちゃんと、嬉しい、とは……思ってる。
――すごく恥ずかしいけど……!
だから、別に断る理由もない。
「……ん、わかった……」
「ありがとな、ローリー。嬉しい」
アリオンはそう言うと、立ち上がって私の手を頭に伸ばしかけた。しかし途中で手を下ろしかけるので、聞く。
「……頭撫でないの?」
今まで通りでいいなら、アリオンにも気を遣わないでほしかった。
「!……ああ、撫でるよ」
アリオンは嬉しそうに頷くと、私の頭を撫でる。いつもと同じ優しい撫で方は、やっぱり落ち着く。
「うん……」
アリオンは髪を梳いて撫で終わると、少し私を覗き込んでから言う。
「ローリー、飯……行くのは今度にして、今日は屋台でなんか買って帰るか?」
少しだけ苦く笑ったアリオンの言葉に、はた、と考える。
「え?……あ!」
「目、けっこう腫れてんな……」
気づいたと同時に、眉を下げながらアリオンに言われて真っ赤になる。
アリオンに借りたハンカチを広げてアリオンの視界を遮る。今更ながら、化粧が落ちて目もパンパンに腫れている変な顔をアリオンに見られてしまった事に羞恥が湧き上がった。
「あ、あんまり見ないでよ!化粧も落ちて、目も腫れて、変な顔になってるんだから!」
「ローリーはいつでも可愛いけどな」
私の言葉にそんな言葉を返してくるアリオンは目が腐っているんじゃないかと思う。
「!!ば、バーカ、バーカ!」
ハンカチを振り回しながらまたもや悪態をつく。こんなの、どうやって受け止めればいいのかわからない。
アリオンは灰褐色の瞳を優しく細めて言葉を紡ぐ。
「ローリー、俺、お前に好きになってもらえるよう頑張るから」
その言葉に、ちらりとアリオンを見上げて、返す。
「うん……頑張って、ね……。……その、私も……アリオン好きになれるよう、頑張る……」
アリオンに言わせてばかりは申し訳ないので、精一杯の言葉を掛ける。
アリオンは至極真面目な顔で聞いてきた。
「……ローリー、やっぱり抱き締めてもいいか?」
「だ、駄目!」
真面目な顔で聞くので何かと思ったら、またそんな言葉だ。
「はは、駄目か」
アリオンは笑いながら舌を出した。これはからかいも含んでいる。
「だ、駄目よ!?」
念押しすると、アリオンは更に笑った。
「なあローリー、俺にされて嫌なことあったら言えよ?」
ひとしきり笑うと、アリオンが微笑みながら言ってくる。
「……されて、嫌なこと……」
「まあ、んな事しねぇようにするけど」
アリオンは腕を頭の後ろで組みながら、私を見ている。
「……例えば?」
少し考えたけれど、思い浮かばないので首を傾げた。
「は?」
アリオンは私の質問に目を瞬かせた。
「例えば、どんなこと?」
そうはっきり聞くと、アリオンは目を彷徨わせる。
「……頭、撫でる、とか」
「許可出した」
むしろ、頭撫でてほしいと思っているのに。
少しむっとしながら返す。
「……手、握る、とか」
「私から握った」
私から握っておいて、されて嫌も何もないだろう。
「……!さっき言った抱き締める、とか」
思いついたとばかりに言った言葉に、ちゃんと許可をとろうとしてくる癖に何を言っているのか、と思う。
それに。
「それは別に……アリオンって、ちゃんといいのかどうか聞いてくるじゃない。それに……泣いてる時なんて、ほぼ抱き締めてた感じ、だったし。……たださっきは、その……ちょっと……恥ずかしくて、その……嫌とか、そういう……わけ、じゃな」
「やめろ!ローリー!」
恥ずかしく思いながらも正直に言っていると、アリオンから静止がかかる。
「えっ、な、何!?」
驚いてアリオンを見ると、耳まで真っ赤になっていた。魔導灯に照らされたアリオンが、わなわなと震えているのが見える。
「ろ、ローリー、お前なぁ……!お、お前、俺に対して防御緩すぎなんだよ!お前を好きな男相手だって事を頭に入れて喋れ!?」
なんで私アリオンに怒られてるんだろう。抱き締めていいかって聞いてきたのはアリオンなのに。
「……むー……だってアリオンが、私が嫌がるようなことしてくるわけないじゃない。だから、アリオンにされて嫌なことなんてあるわけないわよ」
アリオンが私が嫌がることをするなんて有り得ないのに、そんなの心配するだけ無駄だと思う。
アリオン自身じゃなくて私の方がアリオンを信じてるみたいだ。
「ぐっ……!」
アリオンは言葉を詰まらせて眉を寄せる。
「アリオンのこと、信じてるもの」
アリオンが自分を信じられないなら、私が信じていると伝えればいい。
そう思って、笑う。
アリオンは一瞬苦い顔をしたと思ったら、顔を両手で覆った。
「っ……!…………うん……わかった……。俺も……ローリーに、弱えもんな……。俺がちゃんとする……。そうすれば、問題ねぇもんな……」
「うん?」
これは会話として合っているのか分からなくなって、首を傾げた。
「はー……。……ローリー、信じてくれてありがとな」
アリオンは溜め息を吐くと、仕方なさそうに笑いながら頭を撫でてくれた。
「ううん」
感謝の言葉が嬉しくて、私も笑って返す。
「ほら、んじゃ飯買って帰ろうぜ」
「うん」
アリオンの言葉に頷いて、歩き出したアリオンの背中を追う。私がついていきやすいように、いつも歩く速度はゆっくりだ。それでいてついてきているかどうかと、ちゃんと私を見てくれている。
いつものアリオンの行動は、やっぱり温かい。
――早く、アリオンを好きになりたいな。
まだ、ユーヴェンを思い出すと痛んでしまう胸を抑えながら、アリオンの背中を追った。
時々振り向いて笑うアリオンに、とても、心が温かくなった。




