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溢れた涙


 高台の公園は大きな広場から王都を一望できるようになっている。あまり来た事がなかった公園の雄大な景色に、思わず息を吐いた。


「もう少しこっちだ」


 アリオンはそう言って、公園の奥の方へと行く。木々が生い茂った細めの道を歩いた先にあったのはこちらも王都を一望できるように作られている、ベンチが二つ程しか置かれていないような場所だった。

 王都の広場とは見れる方向が少し違うが、景色はほぼ変わらないように思える。


 アリオンは片方のベンチに座ると、私にも座るように促したのでそれに従ってアリオンの隣に座った。


「ここ、あんまり人が来ねぇ穴場でな。よく姉さんやエーフィと一緒に来て夕日眺めたりしてたんだよ。ちょうどこの方向なら家も見えてな」


 アリオンは懐かしそうに笑って話す。


「そうなんだ。……私に教えていいの?」


 少し不安になって聞くと、アリオンはふっと笑う。


「いいよ、お前なら」


「うん……」


 きゅっと、自分のスカートを少しだけ握った。


「この公園、夕日が綺麗に見えんだ。王都を染め上げてさ。圧巻だぞ」


「確かに、今でも十分綺麗だものね。夕日は特に綺麗そう」


 その光景を思い浮かべると、楽しみになってしまう。


「ああ、だからそれまで付き合え。それ見終わったら付き合ってくれた礼に美味い飯奢ってやる」


 アリオンがからっと笑いながら私を見る。


「ふふ、綺麗な夕日を見るだけで美味しいご飯も奢ってもらえるなんて最高ね」


 心に温かいものが流れ込んでくるようで、思わず口端が緩む。


「だろ。なかなかねぇ最高待遇のおもてなしだぞ」


 にっと笑って冗談めかした言い方をするアリオンに、凝り固まっていた心が緩みそうで。


 何も聞かずに、ただ、ただ、優しくしてくれるアリオンは、どうして。


「アリオンって馬鹿ね」


 そんな悪態しか出てこない私は、アリオンに優しくしてもらう必要なんて、ないと思う。


「お前のバカは聞き飽きたぞ」


 冗談を言い合う軽さで返すアリオンに、一度口の中を噛んだ。


「……なんで、私なんかに優しくするの?」


 思わず零れた言葉は、思ったより震えていた。

 アリオンは私の言葉に一度目を見開くと、私の方に体ごと向く。


「俺は、お前じゃないとこんなに優しくなんかしねぇよ。そんで、お前自分のことなんかって言うなよな。……俺にとって、ローリーはずっと大切なやつなんだ。んなこと言ってたら流石にお前相手でも怒るぞ」


 アリオンの言葉に息を吞む。その言葉を理解すると、顔が赤くなる感覚がした。


 ――そんなの、全部私が大切だって言ってるようなものじゃない。


「アリオンのバーカ!」


 流石に恥ずかしくて口を突いて出た私の悪態に、アリオンは呆れた目を向ける。


「お前は俺に喧嘩売ってんのか」


 視線を彷徨わせながら、言わなければいけないことを探す。


「私のこと、大切なやつなんて……そんなの言ってたら……アリオン、いつまでも彼女できないわよ」


 しまった、ここまでは言うつもりなかったのに。でも、事実だから仕方ない。


 そんな風にアリオンが言ってたら、噂なんて消せっこない。


「何の心配してんだ、お前は」


 アリオンは眉をひそめて、溜め息を吐いた。


「友達の恋路の心配」


 正直に答えると更に大きな溜め息を吐かれる。


「はあ……しなくていいんだよ、んなの」


「なんでよ」


 アリオンの言い様に眉を寄せる。そして、アリオンの灰褐色の瞳が私を真っ直ぐに見つめた。


「言ったろ。俺にとって、ローリーは大切なやつなんだよ。だから……大切なお前の傍にいれるなら、彼女なんていらねぇ」


 ひゅっと喉が鳴った。わなわなと、唇を震わす。


「……信じらんない。そんな、告白、みたいな台詞、よく素面(しらふ)で言えるわね」


 羞恥に思わずアリオンを睨む。流石にこんな言葉、顔が真っ赤に染まってしまう。


「……そう思っとけ」


 アリオンが自分でも顔を赤くしながら肯定のような言葉を出すので、堪らなくなって思いっきり悪態を吐く。


「バカ!」


「へいへい、バカでいいよ」


 アリオンは軽く手を振る。その様子に反省の色はない。


 そんなの、そんなの、まるで。


 ――……別にアリオンから、離れなくてもいいみたいじゃない。


「……そんなこと言ってると、ほんとに、彼女できないわよ」


「いいって言ってるだろ。俺は、お前の傍にいたいんだ」


 更に重ねられる言葉に、固めていたはずの決意が、揺らぐ。


 ぎゅっと唇に力が入る。


「私、アリオンに甘えるし頼っちゃうし、我儘も絶対言うくせに、私自身はなんにも返せないわよ?」


 震えた声で出た言葉は、アリオンに、許してほしいから出てしまった言葉で。


 ――私はアリオンに、甘えて、頼ってもいいのかな。


 アリオンの灰褐色の瞳は、相変わらず私を真っ直ぐ見たままだ。私は不安になりながらアリオンを見返すと、アリオンの灰褐色の目と私の青い目が、合った。


「俺は……ローリーに甘えられると嬉しいし、頼られると張り切ってお前の望みを叶えてぇって思うし、お前の我儘なんて……可愛いとしか思ってねぇよ。あと俺は……お前と……ローリーと、一緒にいれれば、それでいいから。それだけでも……返して、もらってる」


 流石に恥ずかしそうに吃りながら言った言葉は、私の心に優しく降り注いでいく。


「……アリオン耳まで真っ赤……」


 アリオンは私の言葉にぐっと喉を詰まらせると、真っ赤な顔のまま睨んでくる。


「そこ突っ込むな、バカローリー!あー、叫びついでに言わせてもらうとな!なんも返せねぇって言うけど、お前はいっつも、俺の事考えてクッキーくれたり、飯くれたり、話を聞いてくれたり!この前だってキャリーやフューリーの事だって解決してくれたじゃねぇか!何がなんも返せねぇだよ!俺の事考えて行動してくれてるお前が、なんも返せてねぇ訳ないだろ!ちゃんとお前だって色々してくれてるだろうが!」


 アリオンが叫んだ言葉に、頑なだった心が、溢れる。


 ――駄目だ。もう、無理だ。堪え、られない。


 ずっと我慢していた感情が、零れていく。


「……ふ、う……」


 嗚咽が漏れる。堪え切れなかった涙が、ぼたぼたと落ちていった。


 ――泣くつもりなんて、なかったのに。


 でも、アリオンが優しくて、甘えても頼っても、我儘を言ってもいいと言ってくれるのが、嬉しくて。私を肯定してくれるのが嬉しくて。


 流れる涙が、止まらない。


「……ローリー、いつも、ありがとな」


 優しさに満ちた、アリオンの声が、響く。その声が、頭を揺らした。


「……うん……」


「……ここ、涙出るくらい、景色綺麗だろ?だからハンカチ、貸してやる」


 そう言って、アリオンがハンカチを差し出してくる。


 アリオンが言う涙の理由まで、優しくて。きっとアリオンは、私が何かを言っても言わなくても、ただ、傍に居てくれるつもりだろう。


 アリオンの優しさに、溺れてしまいそうだ。


「……うん、借りる……」


 自分でも持っているハンカチをアリオンから借りたのは、その優しさを少しでも多く受け取りたかったからだ。


「おう、綺麗な景色見てると、涙出るよな」


「うんっ……」


 アリオンの優しさに溢れた言葉に、強く頷いて、借りたハンカチに顔を埋めた。


「……なあ、ローリー。お前が落ち込む時には傍にいさせてくれって言ったの、嫌だったか?」


 ポツリと零したようなアリオンの言葉に、首を振る。


 嫌じゃなかった。むしろ本当は、傍にいてほしかった。


「違うもの。私、落ち込んでなんかなかったもの。泣いてもなかったし」


 アリオンを涙で濡れたままの目で見ると、目を瞬かせていた。


「あー……お前、そういう考え方かぁ……」


 苦く笑いながら仕方なさそうに言ったアリオンから顔を逸らすと、王都の景色を見て言う。


「これも綺麗だから、泣いてるだけだもの」


「そうだな。泣くほど綺麗だもんな。でもお前、夕日の前に泣いてたら、夕日は綺麗過ぎてもっと泣くぞ」


 少しだけ意地悪そうなアリオンの言葉に口を尖らせた。


「そうね!」


「ふっ……じゃあほら、思いっきり泣いといたらいい。夕日の絶景の時、また言ってやっから」


 私の素直じゃない言葉に、優しく笑って言ってくれるアリオンが眩しかった。

 だから。


 アリオンのコートの端をぎゅっと握る。


「……嘘。ほんとは、落ち込みたかったの。泣きたかったの。でもね、アリオンに甘えっぱなしだなって思っちゃったの」


 アリオンに言わなかった理由を零す。


「俺はお前が甘えてくんのなんて、嬉しいだけだよ」


 柔らかい声で頷いてくれるアリオンは、どこまでも優しくて。


「うん……。でもだって、このままじゃアリオン、ほんとに恋人作れないかもって思って」


「……心配してくれたんだな」


 ちゃんと話を受け入れて、私の心を拾ってくれる。


「うん……。でもね、アリオンとの約束は、破りたくなかったの。だからね、落ち込んでないふりしたの……」


「ん、約束守ろうとしてくれたんだな」


 アリオンの声色が、まるで、何もかも許してくれるようで。


「うん……」


 困ったように眉を下げて笑うアリオンに頷いた。


「お前が俺の事考えてくれたのは嬉しいけどな、結局無理してんじゃねぇか。こんなになるまで見ないふり決め込みやがって」


「う……」


 少しだけ怒ったように言うけれど、その声はどこまでも優しい。


「俺はお前が傍にいればいいんだから、俺の恋人の心配なんかすんな。約束守ろうとし過ぎて、自分の気持ち溜め込み過ぎんな。……俺はお前が我慢すんのも嫌だよ」


 ――ああ、ほら、また、優しい言葉。


「ずるい……」


 今度は、我慢もできそうにない。


「ずるくて構わねぇよ。ほら、落ち込みたかったんなら今落ち込め。約束通り、傍にいさせてくれるんだろ?」


 アリオンの言葉にぎゅっと、スカートを握った。


「うん……。落ち込みたいし、泣きたいの……。アリオンに傍にいてほしいの」


 私はどうしようもなく、アリオンに甘えてしまう。


「……ん、わかった。ちゃんと傍にいる。約束守ってくれてありがとな、ローリー」


 アリオンの言葉に、表情に、心が温かくなっていく。


「ううん。ありがと、アリオン」


「ん」


 私の言葉に目を細めたアリオンに、もっと甘えたくなった。


「……ねぇ、手、握っていい?」


 そう言って、頼んでみる。


「!?……お、おう。もちろん、いいぞ」


 アリオンは少し驚いたようだけど、受け入れてくれるので思わず笑みを零した。


「うん、ありがとう……」


 ぎゅっとアリオンの左手を握ると、アリオンもしっかり握り返してくれた。


「アリオンの手、おっきくてちょっとごつごつしてて、あったかくて好き」


 手で握った事はなかったけれど、頭を撫でるアリオンの手と同じ感触なのが嬉しくて、言葉を漏らす。


「うん……お前、そういうの……俺以外に言うなよ……」


「?アリオンじゃないと、手を握りたいなんて思わないわよ?」


 アリオンが反対の手で顔を覆いながら言った言葉に首を傾げる。


「無自覚バカ……!」


 アリオンが沈むように言った悪態に眉を寄せる。


「あー、アリオン、バカって言ったー!」


 むくれて指摘すると、軽い睨みが返ってくる。


「お前が不用意な発言ばっかりすっからだ!ほら、泣くならさっさと泣け!」


「その言い方酷い!不用意な発言って何よ!事実言っただけだもん!」


 アリオンの酷い言い草に言い返す。


「だからお前はそういう発言ばっかしやがって……!あー!くそっ!泣くって言っといていつまでも泣かねーからだ!」


「くそって酷くない!?泣けって言われたら泣けるものも泣けませんー!」


 ムキになって口を尖らせながら言い募る。


「何ムキになってんだ!情緒もへったくれもねぇなお前は!」


「何よその言い方ー!」


 むくれながらアリオンを睨むけれど、アリオンも同じような顔をしているように思ったので、思わずお互いに同じように噴き出した。


 私とアリオンの笑い声が響く。


「な、なんだよ……ふ……笑って……」


「アリオン、も……ふふ……笑って……る」


 私もアリオンも笑いに声を震わせながら言い合う。


「だって……おかしいだろ……!真面目な話してたはずで、お前が泣くっつーから見守ろうと思ってたら……なんでそっから泣く泣かないで喧嘩してんだ……!ははっ!」


 アリオンがおかしそうに笑うので、私も同じように笑ってしまう。


 なんだか、久しぶりにこんなに笑った気がする。この2日程、考え込んでしまっていたからだろうか。


「ふふっ……だってアリオンが、私のことバカって言うからじゃない!」


「お前だって、俺の事散々バカって言ってきてんだから、一回くらい許せよな」


 そう軽く言ってくるアリオンに口を尖らせる。


「一回じゃなかったしー」


「知らねーよ。でもお前よりかは多くねぇ」


 確かに今日は私の方が多くアリオンにバカだと言ってしまった気がする。

 だってアリオンが馬鹿みたいに恥ずかしい発言ばかりするから。

 少し考えて返す。


「……昔から言われてた回数数えたらアリオンの方が多いんじゃない?」


「はあ?数えたこともねーくせに何言ってんだ」


 呆れたように言うアリオンに頬を膨らます。


「……数えてるかもしれないじゃない」


「ぜってー数えてねぇ」


 意地悪く笑って確信しているアリオンにむくれる。

 

「むー……」


 アリオンはそのまま私の顔を見ると、少し眉を下げた。


「……ん。ほら、ローリー、ちょっと涙が流れてっぞ」


 触れない程度に指摘された場所に自分の指を当てる。確かに濡れている。


「……楽しかっただけなのに」


 楽しかった言い合いだったのに、涙が出てしまうのが少し悲しくなった。

 アリオンは優しく笑う。


「気ぃ抜けたんだろ。ローリー、かなり気、張り詰めてたろ」


「……うん」


 確かにアリオンの言う通り、落ち込まないように、何も思わないようにと、ずっと気を張っていたような気がする。


「ほら、気ぃ済むまで泣け」


 柔らかい声で促される。


「うん……」


 ポスっと目の前にあったアリオンの胸に倒れ込んで頭をアリオンの胸に預ける。


「……っ!ローリー……」


 アリオンは驚いたようで、少し体が揺れた。


「いい?」


 そのまま凭れていてもいいのかを確認する。


「……いいよ」


 優しいアリオンは、頷いてくれた。


 だからもう一つ、お願いする。


「アリオン、頭撫でて?」


「いいのか?」


 ああ、やっぱりだ。アリオンは自分からは私の頭を撫でる気がなかったんだろう。

 今も、全然撫でてくれないからそうだと思った。

 お昼の最後には撫でてくれてたのに。

 せっかくまた撫でてくれたと思ったのに、やっぱり撫でてくれなかったら、嫌だった。


「うん。だって、アリオンの撫で方、好き」


 こう言ったら、また撫でてくれるようになるだろうか。


「……ん、わかった」


 柔らかい声で、了承してくれる。


「ん……」


 ゆっくりと整えるように、優しく撫でてくれるのはいつものアリオンの撫で方だ。心地よくて、目を閉じる。


「ほら、ちゃんと撫でててやるから、好きにしろ」


「うん……」


 アリオンと繋いだ手から、頭を優しく撫でる手から、温かいものが流れてくる。アリオンの胸から聴こえる鼓動は少し早めで、耳に心地良い。

 安心、する。

 だからボロボロと、ずっと堪えていたものが溢れていった。


 泣きたかった。落ち込みたかった。

 でも、アリオンに迷惑かけちゃ駄目だって思って。

 勝手に落ち込んだら、あんなに優しく言ってくれたアリオンとの約束を破ってしまうから、必死に落ち込まないようにしてた。


 アリオンが、彼女なんていらないって、私の傍にいたいって言ってくれて、嬉しかった。

 甘えられるのが、嬉しいって。頼られると張り切っちゃうって。我儘が、可愛いって。私が一緒にいてくれるだけでいいって。

 それで、私が返せてないと思ってたことまで、全部拾い上げてくれた。


 私が傍にいればいいなんて、そんなの。


 ――ダメだよ、アリオン。いくら私でも……勘違い、しちゃいそう。


 『大切なお前の傍にいれるなら、彼女なんていらねぇ』


 告白みたいと指摘した時のアリオンの、声。


 『……そう思っとけ』


 少し熱が籠もっていたように錯覚してしまうようなアリオンの言葉が、頭の中に残っていた。


 でも今は。

 アリオンが撫でてくれる優しい手も、繋いでくれている温かい手も、私の頭を受け止めて鼓動を聞かせてくれる胸も、アリオンが貸してくれたハンカチも、マフラーも、その全てが温かくて心地よいから。

 だから、今は何も考えずにアリオンの傍で、思いっきり泣こう。


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