98 西条未希
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少しこの事件を違う角度から見てみたい。
事件の場所とは異なる場所でスマホが鳴り、メッセージを見た人がいる。人というが、その人物は女性である。
長い黒髪でスマホをじっと見ると、彼女は人目を避けるようにガラス張りの廊下を抜けて、空が見える吹き向けの場所で止まった。
それから電話を掛ける。
二、三度、コール音がすると相手が電話に出た。
「――もしもし」
太い男の声だ。
「あ、譲兄ちゃん?」
「なんだ、未希か」
女性の声に答えたのは角谷刑事だった。角谷刑事と言えば女優西条未希と従兄妹だ、なれば電話を掛けたのは、
そう…
西条未希である。コバやん、真帆、甲賀の同級生だ。
「今、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。ちょっと休憩だから」
彼女が言うと、その側へ資材を手にした美術スタッフが会釈して進んでゆく。それに軽く会釈する彼女。そのスタッフが十分離れてから彼女は話を再開する。
「あ…、ごめんね。近くに人が居たから」
「そうか、またどっかの週刊誌の記者でも居たのかと思ったわ」
「そうね。それでどんなスクープを抜かれるかな」
「そうだな、年上刑事との十代女子高生の不倫とか」
ぶはっと電話越しに彼女の笑い声が湧く。
「あるわけないやん」
「当たり前や!!」
角谷刑事が答える。
「…まぁ、冗談はこれぐらいで、例の件や」
「あ、学園の?」
「せや」
言ってから角谷刑事の側で何かを捲る音がした。
「未希さ、こいつら知ってる?九名鎮真帆、小林古聞、甲賀隼人、…それに佐山サトル」
彼女が名を確認してから角谷刑事に言う。
「…まず佐山サトルという子は知らない。居たのかなぁ、そんな子が…」
角谷刑事が補足的に喋る。
「なんでも学園に入学して一年もなく、退学したらしい」
「退学?」
「そう」
「ならば、余計知らないな。もしかしたらコバるとか、真帆ちゃんなら知ってるかも」
「コバる?」
刑事が反芻する。
「うん、小林古聞。ほら、譲兄ちゃん、言ってたよね、背がでかくてマッチ棒みたいなやつがいるって、この前」
「ああ、職質したやつ」
「そう、その子。知らん?うちの子供時代からの幼馴染」
「じゃぁ、泉州に居た頃からの?」
「そう、もしかしたら譲兄ちゃんも子供の頃、遊んでたかもしれないよ」
(まじか…?まぁ子供の頃やから分らんかもな)
間を切って刑事が再び聞く。
「そうか、あいつが未希と幼馴染か」
「そう、将来は役者を目指してるの」
「じゃぁお前と同じだな」
「そうね」
一瞬だけ、未希に間が空いた。その間にどんな思いがあるというのか。夢を達成する厳しさを感じている彼女の中に去来する思い。その間に従兄妹が声を闖入させる。
「好きなんか?お前」
いきなり会話の中にとがった槍を突き刺す。
「…ちょっとぉ!!譲兄ちゃん、何よ、いきなり変なこと訊かんといて」
「訊くよ。これからの大女優の卵に傷つけたらあかんやんけ」
「もう!!」
言うと、未希は大声で笑う。
「さて、まぁいい。そしたら次やけど、この九名鎮真帆は?」
「真帆?」
「そう、その彼女。あのマッチ棒と同じ時、職質した子やね」
角谷刑事が何かを捲る。その捲る音と同じタイミングで未希が言う。
「真帆は学科が違うけど、仲のいい子だよ。確か将来はジャズシンガーになりたいう夢を持ってる。スポットライト当てたらすごく映える子やねん、絶対」
「そうか、特にほかに何か変わったこと知ってるか?」
「あ、天神橋商店街で老舗の佃煮屋さんの娘かな」
「…へー」
(意外やな…)
従兄妹が心で反芻した間に何かを感じたのか、未希が言う。
「ちょっと、譲兄ちゃん。駄目よ、容疑者にしちゃ、二人を」
ごほん、と電話向こうで咳がした。
「では、次」
「ちょっと!!」
「この甲賀隼人は?」
そこで真帆はちょっと考えてから、従兄妹に言った。
「うん、お金持ち」
「はぁ?金持ち?」
意外な答えに角谷刑事は口を開けた。
「そう」
未希が頷く。
「どういうこっちゃ」
電話向こうで従兄妹が髪を掻く音が聞こえた。その音に混じるように未希が話を続ける。
「そうそう、説明するとすればね、甲賀エレクトロニクスという企業の御曹司で帰国子女。そして超イケメン」
「なんや、めっちゃ揃ってるやん」
「そう、それでね。めっちゃ性格が良い。やっぱ帰国子女で寂しそうな孤独が見えるんだけど、でも…あ、ほら、さっき言った真帆とは凄く仲がいいのよ」
「そうか」
「うん」
そこで角谷刑事はぱたんと何かを閉じた。閉じると低い声で従兄妹に言った。
「これは内緒にしとけ。彼等にも刑事から質問受けたのは」
「この前の職質の件は話したけど」
「こらっ、真帆!!」
角谷刑事が慌てる。
「あ、ごめんチャイ」
未希の小さくなりそうな声が聞こえる。
「…まぁ、良い。それは」
角谷刑事が仕方なさげに言うと、未希が答えた。
「この件は黙っとくね」
「そうだ、それでええ」
そう言ってから角谷刑事が未希に言った。
「それで、未希。以前からお前に付きまとってた学園のストーカーまがいのXはその後どうなった?まだ色々されてるのか?」




