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四天王寺ロダンの青春  作者: 日南田 ウヲ
END OF SUMMER 夏の終わり
96/107

96 刑事の私情

(96)




 にじり寄る足音があることに若い男は気づくことなく、スマホのアプリを閉じた。


 ――今日、また話しがしたいんだ。だからURLを張り付けた神社に来てほしい。


(…悪いな、コバ)

 そう思ってから彼――佐山サトルは、瞬きをしてからアプリに新しい着信があるのに気付いた。

 差出人は同じ人物。そして内容は二件。

 彼はそれを順に開いて内容を確認する。


 ――サスケ君、モモチです。

 メッセ転送ありがとう。

 例の場所には僕が行く。君ではまともの友達の顔が見れないだろうからね。 

 ではまた。



 佐山は次のメッセージを開く。



 ――本日で環境芸術集団「(SHINOBI)」は解散し、地下に潜伏する。

 しかし、最後に計画した「炎の竜(ファイヤードラゴン)」は大阪上空を飛行(フライト)させるつもり。それをいつにするか、そしてそのメンバーをどうするか。また連絡をします。

 夏はまだ続く。

 そして風は吹き続ける。

 いつまでも。

 では、サスケ君。このアプリは使用不可にするよ。

 ゴエモンが捕まりそうだからね。

 では、また。

 君は裏切らないと信じてるよ。

 モモチ。


(何か、あったに違いない)

 佐山はスマホを作業着のポケットに仕舞いこんだ。

 その時だった。

 不意に背を叩かれた。

 彼は後ろを振り向く。振り向けば二人の男が立っている。一人は短髪の男で、その後ろに角刈りの目つきの鋭そうな男だった。だが二人の表情はいたって柔和だ。

(誰だ…)

 一瞬、自分が住んでるマンションの施工管理会社かと思ったが、少し雰囲気が違う。どこか、冷たく爬虫類が舐めるような冷たい感触。

 そんな思いで見ている佐山に短髪の男が何か声を掛けてきた。

「…さ、…の人?」

 唐突な質問にヘッドフォンを外す。聞こえなかったのだ。だから、佐山は言った。

「何です?聞こえなかったけど」

「…、あ、?ごめん、君さ、ここの人?」

「ですけど、それが何か?」

 短髪の男が背後を振り返る。角刈りの男が頷くと一歩前に出た。

 そこでじろりと佐山を見る。

 何か自分の持っている情報と佐山を対査しているのか、やがて作業着の胸に刺繍されている企業ロゴに目を止めると、そこで男が声を出した。

「――君、佐山サトル君やな?」

 断定するように言うと、次に返事を聞くことなく、次の質問を飛ばした。

「金山って知ってるやろ?『金山いつき』まぁ君等の仲間内では――通称、『ゴエモン』どう?知らんことはないよね。同じ仕事仲間やもんな」


 そこで角刈りの男は名刺を出した。

 それを佐山が受け取って名刺を見る。

(成程…)

 思ってから視線を男等に向ける。

「刑事なんや?」

 あまりにもひどく落ち着いた声音に角刈りの男――、角谷刑事は心の中で唸った。

(まだ高卒の若もんやろ。でもこんなに落ち着いてやがる)

 刑事は小さな咳を一つする。

 自分の心を少し落ち着かせてから佐山に向き直ると答えた。

「そう、刑事。あることを君に訊きたくて来たんやけどな。時間貰えるかな?」

「訊きたいこと?」

 佐山が答える。

「そう」

 角谷刑事が頷く。だが佐山が申し訳なさそうに言った。

「僕、これから仕事なんです」

 その答えを予期していたのか、角谷刑事が言葉を詰める。

「そうか、その現場には少し遅れるとか電話はできるのかな」

「そいつは、無理ですね」

「そう、ならさ。少しで終わらせるから、良いかな」

 言ってから後ろを振り返る。そこに自分たちが張り込んだ車が見えた。

 それには佐山は顔を横に振る。

「…なら此処で。でも十分かかったら嫌ですよ」

「大丈夫、すぐだよ。君が正直に聞かせてくれたら」

 答えて刑事がペンと手帳を取り出す。

「で、聞きたい事は?」

 佐山が単刀直入に言った。それに頷いて角谷刑事が訊く。

「――君さ、環境芸術集団「(SHINOBI)」の一人だよね」

 角谷刑事は相手の反応をじっと見る。

(どう答えるかな?それとも沈黙するか、欺瞞を使うか)

 だが佐山ははっきりと言った。

「そっす。仲間ですね。さっき言ったゴエモンさんも。彼からそこに誘われたんで」

 あまりにも簡単に言われて少し拍子抜けした角谷刑事は、上げ足を足られた気持ちになった。

(少しは抵抗するかと思ったけど、無しか)

 思って質問をする。

「ならばさ、君を知ってるやろ?最近テレビとかで色々騒がしてることを。君さ、それにかかわってるんやろ。違うか?」

「どんな関わり方だと?」

「どんなって、そりゃ…」

 言ってから刑事は、息を呑んだ。

(すごく冷静だな、こいつ。普通のガキやないで)

 刑事になると多くの人物に接触する。そのなかには性格破綻者等もいるが、この佐山サトルは非常に強い意志が内面にあるのかぶれずに答えてくる。それはどこか颯爽として好感が持てる。だが、相手は容疑者だ。私情は挟めない。

 するともう一人の刑事が乗り出して佐山に言う。

「脅しやろ。行政相手に爆弾騒ぎや色んな騒ぎをして、金をせしめる。違うか?君…、それに金山と一緒に知って参加してたんだろ」

 それを聞いて佐山サトルは眉間に皺を寄せた。寄せて、僅かに視線を動かす。

(…そんなこと、アイツらしてたのか?)

 そこで彼は初めて真実を知った気がした。

 金山は自分とは幾分か年が離れている。彼は二十代半ばぐらいだろう。高卒後は外国へ渡りバックパッカーをしていたと聞いてる。

 自分はそんな金山から環境芸術集団「(SHINOBI)」に誘われた。

 金山と繋がりを持ったのは自分のアニメーションをある国際公募に出した時だった。彼もまたそこに作品を出していて、自分の作品に興味を持ったらしく、それで彼から声を掛けて来た。

 金山は発光性のある作品を作り出すアーティストだった。それは光源だけでなく、火薬類を使った作品もある。最近、市内を騒がせた――火の鳥は彼の作品だ。

 それだけでなく、彼は自分と会うと仕事も紹介してくれた。簡単な設置関係の仕事だが、それでも正社員として働くことができ、自分の母親の入院費を稼ぐことができた。

 金山自身には恩があり、多数いる環境芸術集団「(SHINOBI)」の中で顔を知っている数少ない仲間だった。

 刑事を見る。そこで何かを思い出した。

(そういえば、あの時…) 

 深夜に近い御堂筋で会合があった時だ。

 金山は言っていた。


 ――いや、横断歩道を渡るのに時間がかかったのと警察がうろついてたので最初の場所から少し離れました


(じゃぁ、あの時から)

 刑事の言葉が佐山の回想を阻む。

「あいつなぁ、君は知らんけど。裏では中々なんや」

 その言葉に佐山は顔を上げた。

「中々?」

「そう」

 角谷刑事が答える。佐山の目はじっと刑事を見ている。それで言葉の裏に隠れた意味を理解したようだ。だが彼の自分を見る眼差しは限りなく、透明で何も汚れを感じない。それを見て刑事の勘が騒いだ。

(…こいつ、白やな)

 思おうと私情が湧かざるを得ない。ここに来るまで佐山サトルの簡単な経歴は調べていた。

 この若者――いや、まだ少年のような面持ちがあるこの人物は母親と過ごしているが、実は母親はいない。難病で大きな病院にいる。そしてこの若者はその母親の為に高校を退学して、今は働いている。

(その高校というのも、未希の高校やけどな)

 私情を隠せないのが情けない。少し湿る気持ちを含んで声を掛けた。

「…佐山君、金山とこれからどうするつもりだ?」

 言われて佐山はじっと考えてから答えた。

「分かりません。刑事さん、質問はこれでいいでしょうか?」

「仕事かい?」

 落合刑事が言う。

「そうです」

 佐山が頷く。

「N区役所へかい?」

 角谷刑事が訊く。

 佐山はそれを聞いて、ゆっくり首を横に振った。それが誘導質問だと知っていたかどうかは分からないが、彼は言った。

「いえ、自分は学校だけでそこは行ってないです。金山さんがあそこは現場担当でしたから。まぁ偶に金山さんも一緒に学校の現場に入りますけど、働くのは深夜だけ。僕は昼も夜もです」

 それを聞いて角谷刑事は満足して頷いた。頷くと声を掛けた。

「ありがとう。質問はこれで終わりや。どうや?今日の現場まで送るで?刑事の車で良ければ」

 それには佐山もさすがにこらえきれず笑顔になった。

「それは出来ませんよ、驚かれる」

「せやな」

 刑事も笑顔で答える。そして手帳を閉めた。

 それで角谷刑事の質疑応答は終わった。


 



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