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四天王寺ロダンの青春  作者: 日南田 ウヲ
END OF SUMMER 夏の終わり
94/107

94 煙の後

(94)





 猫加藤は煙と共に消えた。

 それとほぼ同時にサイレンが鳴り響いた。すると消防車や救急車量がやってきて騒々しくなった。


 ――境内の中から白煙が上がっている。


 それを見た誰かが消防車と救急車を呼んだのだろう。だが火災ではないと分かった消防車はここを去り、後は地面に倒れている人物を病院へ運ぶ為に、救急隊員が担架にその人物を乗せて動いている。

 それを二人――、コバやんと甲賀隼人が見ていた。二人の衣服は砂埃にまみれ、腕にはところどころ擦り傷が見えた。その擦り傷の痛みは彼らの肉体のどこにも届かない。むしろその痛みは心を打っている。

 コバやんも甲賀隼人も、風で煙が吹き去ろうとした瞬間に見た猫加藤のあの素顔が脳裏から離れない。

 まさにあの人物の顔は自分達が思っていたもう一人の加藤ではなかったからだ。


 ――僕の名はモモチ。

 また、いつか会いましょう。


「どういう事なんだ…」

 甲賀は震える声で言った。まるで心に届く痛みが、気持ちを揺さぶっている振動が声になっている。

 その声にコバやんが答える。

「…うん、僕は確かに『彼』を呼んだんだ。彼のスマホにメールをしたし…」

 言ってから甲賀を見る。

「甲賀君と入れ替わって僕と九名鎮を翻弄した『彼』に――」

 言うと彼の声も震えた。正に互いの心の驚きが、いまだ止まらないといった感じだった。だが甲賀はコバやんの方を見ると頭を下げた。

「すまない、小林君。僕も…『彼』が来たと思ったんだ。僕は『彼』と君の関係を知らかったけど、まさかそんな繋がりがあったとは思わなかった。これは偶然だよ。でもここに来たのは僕も君も思わなかった人物――」

「モモチだった」

 コバやんはふぅと大きく息を吐いた。

「まさか、ボスがお見えになるとは」

「となると…彼は?」

 甲賀が心配そうにコバやんに言う。

「もしかしたら甲賀君が調べてくれたことを実行する為にここには来なかったのかも」

 甲賀が黙る。

 そして手を伸ばす。その伸ばした先に風が当たってゆく。

「…風だよ、小林君」

「うん、そうだね」

 コバやんが頷く。頷く友人に甲賀が声を掛ける。

「君は、どうも知っていたようだね」

「そりゃ、風車とか風船とかあれだけヒントがあればね」

 ふふとコバやんが笑う。笑うと甲賀が訊いた。

「…そしてもう君は学校に壁画(グラフティ)を描いた僕等の手筈も解いてるんだろう?」

 それには寂しそうにしてコバやんが頷いた。

「…勿論、僕が親友の顔を忘れるはずがない。忘れるものか。だから僕は学校で彼とすれ違っても素知らぬふりをしてたんだ」

 うん、とは甲賀は言わなかった。彼の内心にある親友に対する思いに配慮したからだ。

 やがて真帆を救急車の中に運んだ救急隊員の一人がこちらにやってきた。やってくると双方の顔を見る。

「…で、どちらが救急車に乗って病院へ行くかな?」

 言われてコバやんが甲賀を見た。甲賀は首を縦に振る。

「うん、僕が行くよ」 

 言うと苦しそうな表情で救急隊員の後をついてゆく。ただ、その時、足を止めて一歩だけコバやんを振り返った。

「小林君、ありがとう。もし…救急車の中で真帆が気絶から回復したら、僕は何もかも話す」

 その時、コバやんが縮れ毛を掻いて、甲賀に言った。

「…もし」

 その声に甲賀が反応する。

「九名鎮が目を覚まさなかったら、後は僕がやっとくよ。任せといて」

 言うと首筋をパンと叩いて甲賀を見て笑った。

 それを見て甲賀は頭を下げた。

「警察への壁画(グラフティ)で疑われた時も、君のアイデアでなんとか疑いをかわせたし、君には最後までお世話になった。真帆がもし目を覚まさなかったら、そうなれば後のことは全て小林君に…」

 そこまで言うと彼は腕で瞼を拭いた。拭いて腕の傷口に涙が染みると切った言葉を続けた。

「いや…四天王寺ロダンに任せるよ」

 言い終わると甲賀は救急車へ乗り込む。だがその時、彼はもう一度振り返り、顔を友人に向けて大声で言った。

「さようなら、ロダン君。僕に素敵な最後の夏を…ありがとう」

 そして救急車の扉は閉められ、進みゆく。 

 誰もいなくなった神社の境内にコバやんだけが残された。

 そこで彼はぐっと手を握りしめた。それはまだ何かをあきらめていない、そんな燃えるような眼差しをしていた。







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