9 応じてやるか、リスクの及ばない範囲で
(9)
私は聞きたいね
――待てよ
と妖に言われて、君なら待ちますか?
どうよ?
そう目の前の妖に言ってやりたいと真帆は思った。
思ったのなら後は行動が早い。
――回れ右だ。
旋回するように妖に背を向けるや否や、そこに何も居なかったかのように走り出そうとする。
(――無視)
ロープレゲームのように呪文を心の中で唱えてその場を去る自分へ再び魔の言葉が飛ぶ。
「君、九名鎮って言うんだろ?」
ピタリと真帆の背が止まる。止まると真帆は僅かに顔を横に向けた。黒髪が耳朶に触れて流れて落ちて行くのが分かる。
どうやらこいつには自分の呪文は効かないらしい。
――ならば、
応じるしかない。
ちょっと嫌な気分だが仕方ない。
応じてやるか、リスクの及ばない範囲で。
真帆は振り返った。
振り返った瞬間、声無く驚いた。いつの間に自分の側に来ていたというのだろうか。狐の白面が眼前に迫ってこちらを覗いていたのだ。
「はぅ!!」
思わず虚声を上げて相手を勢いよく力任せに突き飛ばす。
突き飛ばした指の開いた隙間か倒れゆく妖が見えた。しかし妖は突き飛ばされると倒されることなく、何と見事な身のこなしで後ろに跳躍すると空へバク転して見事に着地したのだ。
手にした風車は落ちることなく、風を受けてひらひら回転している。まるで時間の急速な変化など、そこに存在しなかった証のように。
その流れる様な動きに真帆は思わず見とれてしまった。どこかのダンスチームのような洗練された動きとそして片手を軽く突いた美しい着地。
真帆は思わず心で呟く。
(見事…!!)
その一言で随分自分の気持ち落ち着いたのか、ゆっくり立ち上がる狐の白面を見る。
(…演劇科の学生?)
演劇科とは新旧校舎が違う。だから顔馴染みといっても「コバやん」ぐらいしか知らない。しかしながら演劇科の学生であるのなら余りにも見事な躰の使い方といいたい。動きの切れと言い、並大抵の反射神経じゃないだろう。
(…若しかしたら、ダンスミュージック科の学生…?)
真帆がそうした疑念を持って目を細めた時、妖は彼女に言った。
「どうやら僕の推測、当たりみたいだね。じゃあさ、九名鎮。その手にしてるヤツ。僕に渡してくれない?それ、凄く僕達が一番欲しい奴なんだ」
妖はひらひら揺れる風車を手にして、片方の手をまるではじめましての握手でもするように真帆に差し出した。