89 最後の輝き
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(加藤を此処に…)
真帆はコバやんを振り返る。
(呼んでんじゃん!!)
思わず内心で激しく突っ込んでから、もう一度突っ込む。
(それも二人!!)
二人の加藤は服装と僅かな身長に違いがあるが、ほぼ、同じだ。確かな違いと言えば、片方が猫を抱いている。それだけだ。
真帆ははっきりとした違いを見せる為にかどうかはわからないが、それとも――加藤が以前言ったように脳内シナプスが反応してしまったのか、それらの違いを自分自身にはっきりとする為に言った。
「おい!!猫加藤」
猫を抱いている加藤が真帆へ静かに顔を動かす。
「呼んだかい?九名鎮さん」
「呼んだ、猫加藤」
こちらの加藤は――猫加藤で決まった。ならばもう一人の加藤は…。
「ちょっと!!もう一人」
言われてもう一人の加藤が真帆を見る。見られて真帆は困った。
(うーーん、どうすっか)
真帆が悩む。正直決めかねる。そんな感情が脳内シナプスに信号を送った時、その加藤の後ろから吊るされてぶらぶら揺れるロープが見えた。
(あれ…?)
瞬時に真帆が反応して、脳内に出てきたワードは…
この前の校舎のロープ
コバやんと調べたロープ
そして
あれで『飛んで』逃げたよな?
――加藤
ニヤリと何故か真帆はした。
決まったのだ。
加藤のネームが。
「そこの『飛び』加藤!!」
真帆が決まったともいうべき威勢の声を放つとコバやんが驚きの声を上げた。それはとても意外ともいえる会心の一撃のような声。そして真帆を振り返る。
「ええやんか、九名鎮!!それ、まんま実在やけど!!」
言うなり拍手をする。
その拍手に思わず、えへんの得意顔になって雨で濡れて乾き始めた黒髪を後ろ手に流すと、コバやんとそれから二人の加藤に向けて指をⅤ字にしておっ立てた。
「決まったやろ、ウチ」
それに思わず、二人の加藤も拍手をする。拍手の中で真帆が思うことは簡単だ。
(…快感やね)
うふっと声が漏れそうになるが、そこを真帆は心得ている。首をにょきと伸ばしてコバやんに言う。
「じゃぁ、こちらの方も名乗りを上げようか」
どうしようもない程、ノリという車輪が動き始めると、それに乗っかからないではいられない難波っ子の心根が、今、コバやんと真帆を動かさずにはいられなくなった。
――緊迫した場面だというのに。
コバやんが股を開いて腰を屈め、顔を伏せてからぐいと写楽の歌舞伎絵みたいに突き出すと、手をついと差し出す。
まるで東海道を行く股旅みたいに。
「加藤!!」
加藤が反応する。
「この場をお借りしてアッシの芸名を披露しやんす」
「おうおう、聞きや、聞きや」
真帆も手合いの声を上げ、コバやんと同じような所作で腰を屈め、加藤に対峙する。
「アッシ、芸の道には短いけれど、既に玄人方並みの名を持っておりやす。どうか、これからも御贔屓にしていただきたい。さぁさぁ、長口上は災いの元。よぅく、お二方、お聞きくんなまし。アッシの名は――四天王寺ロダン。聖徳太子所縁の四天王寺で産湯をつかり、生まれ落ちれば考えることが大の上手の数寄者。ゆえに人はロダンと揶揄する始末。ならばこそ、アッシは自分を難波の浮雲の下で生きる四天王寺ロダンと申し候」
言うや、きゅっと首を斜めに動かし、藪にらみで加藤を見た。
すると今度は真帆がスカートの裾をぱっと払うと同じ声音で調子づいて言う。
「おうおう!!お二方!!おいらのことを忘れちゃいけねぇぞ。こっちはそんな四天王寺ロダンの舎弟で、この広い難波の中でも一番のごろ寝を得意とする厄介者、人呼んで難波デンごろ寝助とはこのおいらのことよ!!」
言うと二人は打ちあわせなどしていないにも関わらず、阿吽の呼吸で背中合わせになり、きっと手を歌舞伎みたいに伸ばして加藤に対峙して同時に言い放った。
「分かったか!!」
二人の加藤は微動にせず、ただコバやんと真帆を見ている。
――そんな名乗り意味があるんか?この場面で。
そんな気分が十分すぎるほど充満している。だが盛り上がっている真帆とコバやんの二人にはそんな事はどうでもいのかもしれない。
――四天王寺ロダン
難波デンごろ寝助
今、青春は彼らの頭上で最高の輝きを見せている。
檸檬色の太陽の下、青春は夏という季節で最後の輝きを見せようとしていた。




