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86 影法師

 

(86)




 都会のビル群を抜けていった風がアスファルトに降下したのも束の間、やがて抜け道を探すように吹き抜けていった先に、二人が立っていた。

 まるで最初から風の抜ける先を知っていたかのように立つ二人。

 それは四天王寺ロダンと難波(なんば)デンごろ寝助。

 流れてゆく黒い髪とスカートの裾、そして揺れる縮れ毛のアフロヘアと揺れる二人の影法師。降り注ぐ夏の檸檬色の日差しは、そんな二人をどのように浮かび描かせるのだろう。


 ――最後の夏というキャンバスに。


「ここなん?」

 真帆が風で流れた黒髪を片手で掴んで整えて言う。言ってから掴んだ髪に去来する複雑な思い。それは終わりを知りたくないという細やかな反抗心がそうさせたのかもしれない。

 コバやんは軽く顎を引く。

「ふぅーん」

 夏蝉が鳴いている境内に足を踏み入れる二人の影法師。二人の歩みは静かに鳥居をくぐり、やがて大きな巨木のある神の社に進む。

 その巨木の木陰の下に一匹の猫が居たが、二人の姿を見ると一目散に走り去った。

「…で」

 言ってから真帆がコバやんに訊いた。

「どうしてさ、ここが田中イオリの逃げ込んだ場所だと?あの日、というか空襲のあったあの晩は真っ暗じゃない?それなのに何でここだと?」

 問われた探偵が縮れ毛を指で摘まんで、それからそのつまんだ手をぱっと五指を伸ばして離すと、そのままの状態で真帆を見た。

「閃いたんよ、地図と日記をにらめっこしながら考えていたらさ」

「えっ?」

 真帆が驚いて声を上げる。

「分かった?」

「うん」

 頷く友人。

「なんで、ウチ分からへんかったで」

 コバやんが真帆の驚きに笑って応える。

「でもさ、分かったもんはしょうがないやんか」

 真帆はムッとしながらも、心の中で芽生えたこの友人に対する「才能」に対して敬服する思いで、――勿論、冷やかしも含めてくっと含み笑いをしながら顎に手を置きながら聞いた。

「…では、ロダン先生。このデンごろ寝助に是非、その謎解きのご教授を話してくださいな。せっかくなんでアッシが聞いてあげようじゃ、ありませんか」

 言われてコバやんが笑いながら開いた手を閉じて、指を真上に上げた。いや、上げたというより、その指は空へと伸びて向かっている。その伸びた指先に飛行機が見えた。

「九名鎮」

「ん?」

「飛行機が見える」

「分かってる」

 コバやんがその指を僅かに動かす。それは空を移動する飛行機を追うように。

「九名鎮も知ってると思うけどさ、あの飛行機は伊丹空港に降りようとしているよね」

「そりゃそうよ。それしかないやんか」

「だよね。でもさ、考えたら分かることだけど、飛行機は余程の緊急時じゃない限りルートは変えないよね」

 真帆はそこで真面目な表情になった。それは友人が、いや探偵四天王寺ロダンが此処である核心に迫ったことを話そうとしているのだろうと感づいて。

「僕はさ、見て考えていたんだ。じっと大阪を空襲した爆撃機の飛ぶ様というか、そのルートを。そして日記を見た。するとこう書いてあったんだよね――私は逃げた、と」

 そこでまた風が吹いた。不思議だがその風が吹くと大木の枝葉がさざめくようにざわめき、やがて蝉が泣き止んだ。

 境内に静寂が訪れた。

 その中でコバやん――四天王寺ロダンは瞼を閉じて空を指さして日記の一部を語りだす。

「――どこへ逃げたか分からないが、かなり遠くまで逃げた。

 爆撃機は常に私の背を抜けていく。私はまるで背に死神を背負っていて、それが背をするりとすり抜ける際に生死の賽子を振られて生き残れるか試されているようだった。

 事実、私は爆風で飛ばされた大きな神社の木立の中に入った時、面前で大きな死神が落ちて来るのを見た。――死ぬ」

 じっと聞き入った真帆がやがて分かったようにロダンに言った。

「コバやん、つまり――私の背を抜けていったんだ…爆撃機は。そしてやがて大きな神社に…」

「そう」

 言ってからコバやんが瞼を上げた。

「飛行機のルートと彼女、田中イオリの証言、それを古地図とにらめっこしながら僕はやっと此処を特定できたんだ。そしてそれこそ、いや、それが――イカズチの眠る場所」

「…、!」

 真帆は言葉無く、友人を見た。

 彼が今言った言葉。

 それは自分が遊び半分で被せた白狐面を見せた時、言った言葉ではなかったか。


 ――『(かみなり)』ではなく『(イカヅチ)』と


「イカヅチ…?」

 真帆がつぶやくように言った時、友人はゆっくりとある場所へ視線を向けた。それは猫が逃げ去った場所へ。その視線の先に何があるというのか?

 真帆は視線の先を追って振り返る。

 するとその視線の先に逃げた猫を抱えて立つ白狐面の人物が居た。

 その人物は勿論、真帆がよく知る人物に他ならない。

 真帆は唇を動かして、夏の日差しの中に立つ人物へ向かってその名を言った。

「加藤、加藤段蔵やん!!」





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