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73 雷鳴

(73)




「…つまり、ウチ等が見つけた五線譜の裏に書かれていたのが、この日記に書かれていた地図ってことね…」

 真帆は笑顔を向ける友人に言った。

 彼は首を縦に振る。

「そう、だね」

「最初からこの日記に書いてあると知ってたん?」

 真帆は問いかける。

「ううん、知らない」

「えっ、知らない?」

 驚く真帆にコバやんが手を広げる。

「そう、だって今見つけたんだもん」

「今?」

「そうそう、偶然ね」

 ふふふと笑うコバやん。それを見て突っ込まずにはいられない真帆は半身を乗り出す。

「えっ、何やねん!!それっ、ほんまに偶然?」

「せやで」

 答えてコバやんはタブレットを引き寄せる。引き寄せながら画面を見ながら真帆に話を続ける。

「僕さ、別の事を探そうとして。それを探していたら、その探していたところに『地図』があった。これは思わぬことでさぁ。もう、まるでさ。農業実習で体験した時の芋堀の時みたいに、根っこを引き抜いたら、沢山色んなものがわんさか出て来たような感じでありんすよ」

 役者言葉でコバやんが言う。

(ちょっ…、ちょっと!!)

 真帆は思わず心の中で叫びたくなりそうになった。

 彼は自分に言ったじゃないか、ヒントがここにあるよ、だから探してと。

 しかしながらそのヒントと言うのはまるで行き当たりばったりの場当たり的なものじゃないか。

 偶々見つけたという『偶然』を、さも自分が最初から知っていて教えたよという態度はどうかと思うと真帆は内心ムッとしないではいられなかった。

 それが仏頂面となって現れる。

 仏頂面の向こうで友人はタブレットを慎重に何かを観察するように見続けている。

 まるで自分の表情の変化に頓着することなく。

 真帆の仏頂面の下でふつふつと何かが湧き上がる。

(コバやんめぇ…何が――『此処にね。僕等が今関連している事の幾つかのヒントがあるんだよ』だ。よくもウチを揶揄いやがって)

 そう思うと真帆はバッグを手元に引き寄せ何かを手探りで探す。指先に何かが当たるとそれを手にして真帆はイヒヒと笑った。

 どこかそれは邪険な悪戯をする笑顔だった。

「コバやん」

 真帆が友人を呼ぶ。

「ん。何?」

 彼が顔を上げる。

 するとその瞬間、真帆は素早くバッグから在るものを取り出し、コバやんの顔めがけて力任せに覆い被せた。

「うわっ!!ちょ、何!!」

 コバやんは突然圧し掛かる真帆の力と視界が遮られて慌てふためいて席から転がり落ちそうになった。しかしそれを両足で懸命に踏ん張るが、真帆はコバやんの顔を両手で力任せに何かを使って押さえつけている。

 バタつくコバやんが声を荒げる。

「ちょっ、九名鎮!!まじ、ちょっと。止めてっ!!」

「よし、止めちゃる!」

 すると僅かに真帆の力が緩んでバタつきながらコバやんが顔に押し付けられた何かを剥ぎ取ると、それを見て息を乱して言う。

「…なんや、是…。白狐…の面やんか…」

 乱れた息を整えるコバやん。

 そこで真帆がイヒヒと笑う。

「ウチを揶揄い気味に扱うから、驚かしてやったわ」

 フンと鼻息を上げて真帆が笑顔のままきっとした表情になる。

「何がヒントや。それってコバやんが偶然見つけただけやんか。このへっぽこ探偵め」

 コバやんがそれに対して口を尖らす。

「何言うてるん。地図は偶然やったけど、他にも幾つかあるって言うたやん」

「そんなん()うた?」

()うたよ、記憶を巻き戻してよ」

 真帆は記憶を巻き戻す。巻き戻すと直ぐに何かに気づいたのか、真顔になる。

「あっ、確かに」

 …なのだ。

 自分がバッグから甲賀から預かった白狐面を拾い上げた瞬間、そんな記憶が蘇ったのは間違いない。

「だろ?」

 そう言いながらコバやんがアフロヘアを揺らす。

 揺らしているのは被っていた白狐面を観察しているからだ。タブレットを見ていた注意深い観察力が白狐面に注がれている。

「…あれ、ここに…」

 コバやんが白狐面の裏側を見たまま言う。

「…何か書いてある」

 真帆がよくぞ気づいたという風に腕を組んだ。

「流石、へっぽことは言え探偵やね。よく気がつきましたな」

 えへん、という態度で真帆がコバやんに身体を乗り出しながら言う。

「さて、それは何でしょう?」

 問いかけられてコバやんが逆に真帆に質問する。

「これ、真帆の?」

(ちゃ)う」

「じゃ、誰の?」

 そこで真帆が勿体無さげにうふふと笑う。

「ちょっと、九名鎮」

 訝しむコバやんに真帆が言う。

「当てなさい」

 言ってイヒヒと笑う。

 言われてコバやんが頭を激しく掻く。掻きながらコバやんは真帆に言う。

「…そうだねぇ。まぁ、これってさ。ほら、55アイスクリームの販促用面だよね。まず、ちゃんと顎の部分に企業のロゴがある」

(…ほう)

 真帆は感心する。

 真帆自身、そこまで正確に白狐面を見ていない。

 確かにこの前加藤を追跡した時、クリーム店で貰った白狐面があるが、それは今自分の部屋にある。でも裏側をひっくり返してまでして何かを探ろうなんて思ってもいない。

 自分は思わなかったが、彼は思った――その違いがこの結果の差を生み、発見につながる。

 先程はへっぽこ探偵と言ったが、やはりコバやんにはどこかそうした方面の才能があるように思えた。

「次にさ…」

(えっ?次)

 突如、自分の思案を破られた真帆は再び身を乗り出す。

 乗り出した先でコバやんの指先が見えた。その指先には細くて長い何かが握られている。

 目を細める真帆。

 それは…

「この白狐面のおでこが当たるところに引っ付いていた髪の毛、短いから…となるとこの髪の毛は真帆じゃない。だからこの面が真帆の物じゃないというのは正しい」

 流石にこの瞬間、真帆は心の中で感心せざるを得なかった。

(そんなもん、よく見つけたね…)

「…となれば、結論からすると甲賀君かな?だって僕等の今のストーリー上に出てくるのは彼しかいないし……」

 真帆はそこで手を叩いた。

「流石、コバやん。名探偵ですやんか。でもね…答えは外れ。それは『加藤』のよ」

 コバやんの視線が感心するように真帆を捉える。

「…加藤?」

「そう、加藤。だから外れ」

 真帆が頷く。

「成程…」

 コバやんが何故か深く頷いた。その答えに何か閃くものでもあるのか、その眼差しに双眸が煌めく。

 それを見て真帆は思った。

(しまった。何かウチの事勘ぐられるかもしれへん!!)

 だが真帆の心配は他所に、コバやんの煌めきは瞬時に消え、それから再び白狐面の裏へ注がれた。

 彼が指差す。

「この書かれた文字…」

 真帆が話題をそちらに向ける為に声を大きくする。

「そう、それ。(かみなり)

「カミナリ?」

 眉間を寄せるコバやん。

「うん、コバやん。その意味わかる?」 

「えっ、いや…わかんないよ。突然言われても。でも、この面ってさ、九名鎮は加藤の物って言ったよね。どうやって入手したのさ?」

「えっ、そりゃまぁ…ん」

 しどろもどろになる真帆。

 だが、コバやんはその事に頓着しないのか、記憶を巡らしながら何かを呟く。

「彼は言った――その独唱(ソロ)譜の秘密を少し教えてあげるよ」

 コバやんの呟き。

 それは真帆にはさっぱり分からなかった。

 何の事を言っているのか。コバやんは頭を掻いた。

「カミナリ…雷、…ん、…あっ、そうか」

 何かを独り言のように言うや、コバやんはスマホに何かを打ち込む。そしてその結果を見て、唸る様に声を出した。

「そうか、『雷』と書いてイカズチ…これか」

「え?何よ。何言ってんのコバやん」

 コバやんは立ち上がる。立ち上がると一人夢中になって顎に手をやり何事かを考えながら歩き出す。それはまるで夢想の世界を歩いているようだ。

 何かの鍵がぶら下がる秘密の果樹に手を伸ばしているような役者のような、そんな足取り。

 考えて、

 考えて、やがて再び椅子に座る。

 するとまるでオーギュスト・ロダンが創り出した『考える人』のようにピタリと動かなくなった。

 真帆は現実(リアル)に見た。


 ――面前にロダンが現れたのを。


 だが 真帆が堪え切れずに声を上げる。

「こらっ、コバやん!」

 それで我に返ったコバやんが真帆を見る。

「何一人で突っ走ってんねん」

 真帆が髪を後ろに跳ねると言う。

「それはウチが持ち込んだ秘密やで。解けたんなら教えてや、自分の中に仕舞わんと」

 急く様な声音にコバやんは穏やかに言った。

「加藤は、確かに秘密を教えてくれたんやね。五線譜を渡してくれたら、秘密を教えてくれると言ったんだから」

 友人がそう穏やかに言うのを聞いて真帆がぎくりとしたのは言うまでもなかった。


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