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72 熱風

(72)





 真帆は頬に熱風を感じた。

 それは感情が持つ熱だろうか、それとも時代の持つ熱だろうか。

 自分にはそれは分からない。分からないが、答えが必要な程ではない。ただ揺さぶられる自分が居て、正直な気持ちで向き合えたというだけでいいのかもしれない。

 真帆は視線を田中イオリの日記から外すと友人を見た。熱を含んだ瞳が友人を見ている。

 友人の眼差しが何かを求めているのが分かる。真帆は少し視線を下げた。

「…こうしたことが分かると、より一層五線譜の意味や重さが分るよね」

 友人は頷く。頷くと頭を掻いた。それから視線を上げて真帆に言った。

「せやね、こうして日記を見ると時代が如何に違うのか、戦争が無い時代に生きる自分達が如何に幸福か分かる」

 真帆は正直にうんと言った。

 田中イオリの日記に書かれ当時は、生々しい。しかしながらそんな時代があって現在の自分達が生きている。

 それはブロックチェーンと言う技術ではなく、人間の営みと平和を努力する思いの鎖で繋がっているのだ。

 真帆は改めてうんと頷いた。

 その様子を見てからコバやんが真帆に言った。

「それで日記を読んだと思うけど、此処にね。僕等が今関連している事の幾つかのヒントがあるんだよ」

(…ヒント?)

 言われて真帆が画面をのぞき込む。

 今度は視線を動かしながら、友人が言うヒントを探してゆく。

(えっ、どこ?)

 懸命に画面をスクロールしてゆく。

 だが、見つからない。

(どこや…)

 真帆が食い入る様に日記を見ている様子を見てコバやんが笑顔になる。

「分からない?」

「何がよ?」

 むっとして真帆が画面を見たまま答える。

「見落としてるよ、九名鎮。ほんまちゃんちゃんおかしいでさぁ」

 語尾を伸ばしたところで真帆が顔を上げた。キィーとなってコバやんに言う。

「じゃぁ何処よ!」

「ほら、地図」

「チーズ?」

 真帆がそう言った。

「いや、ゴホン。ちゃう。『地図』」

 コバやんが明確にゆっくりと言った。

 それを聞いて真帆が唇を動かす。

「…地図」

(…あ、せや…そうや)

 真帆が画面に視線を落とす。落として画面をスクロールする。

「そう、地図。僕等、さっきからずっと地図とにらめっこしてたよね。その地図、それがヒントとなっている。いや、ヒントじゃなくて完成された地図が書かれてるんだよ」

(そうだ)

 日記に在った――私は記録すべきだ、とは正にそれだと真帆は思った。日記は続けて書いている。


 ――生きた私が記録するのは自分が逃げた道、そして今自分が居る場所、いや、それ以上に自分が感じた全て。


 そう、それが『地図』

 真帆は見つけた。

 そして思う。

 正に加藤が言った言葉の通りかもしれない。


 ――人間の記憶何て自分が認識している人が映像として入って来ると、理解をするんだけど、知らない人物が近くを通ってもその記憶を残さない。


 つまり意識をしないとそれが脳のシナプスが反応しない。


 どちらにしても真帆は遂に『地図』を見つけた。

 それは日記に小さく書かれている。

 それこそ、田中イオリが爆撃の中逃げた逃走経路を記憶したものだ。

 そして真帆には分かる。 

 それが手書きとは言え、自分達が模索している五線譜の裏側に書かれた地図の完成形は正にそうであろうとコバやんを見て思った。

 探偵の頭脳で描かれた予想完成図と手書きの地図は正に酷似しているのを証明するのは彼の笑顔だった。


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