69 微笑
(69)
たぁ爺は事務室へと戻った。
自習室には真帆とコバやんが残ってる。コバやんはたぁ爺から手渡されたタブレットでアクセスした資料――田中イオリの日記を見ている。
真帆はというと早すぎる展開に置いてきぼりになった自分と戻ってきた自分とが交錯してぶつかった衝撃もさながら、朝からの出来事も含めやや放心状態のままぼんやりと先程迄の事を振り返っていた。
(今朝から色々在りすぎ…)
真帆は肩から流れ落ちる黒髪を手で掻き上げる。
横目で友人を見る。
ピッピッ
横で資料を見つめる友人の眼差しが電子音と共に動いているのが分かる。
真帆は軽く溜息をつく。
(まぁ、正確には昨日からだけど…)
――そう、昨日から
それは甲賀隼人の自分への告白から、と言うべきだろう。
真帆の時間はひょっとするとその時から新しい階段を上がり動き出したのかもしれない。
しかしながらそれは今までとは違う世界の時間で、それがあまりにも早く感じるのは、ひょっとすると一段だけ大人の階段を上ったからなのだろうか。
だが真帆自身、そうした深い意味での理解はつかめておらず、ただ単純に意外性と言えることの連続が自分を地に足を着かせず、風の様に吹き飛ばされていることが故に時間を早く感じているのかもしれない。
意外性の連続。
真帆は順に振り返る。
――五線譜の盗難
そして隼人の告白
それから五線譜の帰還
(…ん?)
真帆は何かを思い出す。
(あれ…何か忘れてないかな)
目線を友人から自分の記憶に戻す。
(…何か忘れているような)
その瞬間、真帆が目をぱちくりとした。
(…せや!!あれや)
手を叩いた瞬間、声がした。
「あった、あったぞ」
友人の声が真帆の心の模索を切る。
真帆が顔をコバやんに向ける。
彼は夢中でタブレット画面をタップしている。どうやら何かを見つけたらしいことは分かった。しかしながら彼が何を探してるのか自分は全く知らない。
どうも彼だけが探している物を知っていて、それを見つけたのだというのはこの時分かった。
真帆は友人に声を掛ける。
「何なん、何か見つけたん?」
友人は指先で画面を触りながら真帆に言った。
「…うん、見つけた。これだ…」
「だから、何よ?」
真帆が顔をコバやんに近づける。その時不意にだが真帆の方がコバやんに触れた。振れた肩に思わず真帆を見て小さく驚くコバやん。
それを見て真帆が言う。
「何よ?」
真帆が揶揄い気味に言う。それに視線を外して答えるコバやん。
「驚くやん」
画面を見たまま答える。
(…うぶやな)
イヒヒと心中笑う真帆にコバやんが言う。
「こんなん見たら、甲賀君怒るでぇ」
それを聞いて真帆が今度は驚いた。思わず声が出そうになったが、それを喉奥に押し込んだ。
押し込むと真帆はじろりと友人を見た。
(いつの間に…)
真帆から出て来る無言の圧にコバやんが気付いたのか、頭を掻いて言った。
「昨晩ね、聞いたんよ。甲賀君から…」
言うとニヤリと口元に微笑を浮かべた。真帆は浮かべた微笑を見て探る。
不思議だがどこかに寂しさが浮かんでいないか。
だが、それが見えないとどこかほっとした気分と寂しさが半分半分の自分が居ることに気づいて、それを押しつぶす様に声を出して、白々しく言う。
「そう、昨晩会ったんや、…隼人と」
「うん、そう」
「それで何を話したん?」
真帆が鋭く切り返す。
その中には多分的に五線譜を盗まれたことも含んでいなかったか探る気持ちもあった。
もう、今ではそれは手元に戻り帳消しになったが、それでも自分がミスして盗まれたのは、ちょっと聞かれたくなかった。
だが、友人はちらりと自分を見るとまるでそれに意を返さない感じで答えた。
「二人だけの秘密さ」
(秘密やと!?)
真帆はきっとなった。
それだけで――いろんな意味がとれるじゃねぇかと言う気持ちが声になって出そうになる瞬間、それを押さえる様に友人がタブレットを差し出して言った。
「九名鎮、此処見てよ。…ほら、横に地図も書いてある」
差し出されたブレットのある部分を指差すコバやんの声。
真帆はぐっと湧き上がる気持ちを押さえて彼が指差す箇所へずるりと重くのしかかる何かを引き摺る様に視線を動かす。その何かとは勿論、自分の気持ちだが。
(コバやんめぇ…いずれその秘密、ウチが聞き出してやるからな)
気持ちを引き摺り画面を見る真帆の耳元に髪が触れた。その触れた感触が画面の上を動く視線となって何かを捉える。
捉えたのは誰かの筆跡。
勿論それは――田中イオリの筆跡だった。
時代が異なる二人の女学生を電子の粒子が繋ぐ。それは青春の意味を問う彼女達二人だけの秘密になるかもしれない。




