61 青空
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今日から彼は『彼』――つまり、友達とは違う特別な席に座っているのだ。
思うと真帆は熱く心が湿る。
突然とはいえ、彼の告白にうんと言った自分は決して偽りでは無い。
唯、それと同時に失ったものは――もう友達には戻れないという自分とそして…もう一人の友達はこれからも友達であるという約束の中にこれから生き続けるということ。
――そして何よりも自分が『彼』によって圧し掛かった重圧から救われたという気持ち。
それらが瞬時に複雑に混じって心が湿り、やがて小さな涙の粒になって頬を流れた。
それを見て彼が言う。
「真帆、僕の言った通りきちんと君の手元に戻って来た。加藤も不思議だけど無下にはせず、きっともう必要がなくなったんだろうね。だから君に返してくれたんだ」
うん、と頷く真帆。
彼女は涙を手の甲で拭いた。拭くと面前に狐の面を被った彼が居る。
思わずその姿に声を出して笑う。
「ちょっと何よ、隼人。加藤の真似して」
笑い声がいつもの真帆に戻る。
彼女はイヒヒと笑って加藤――いや、彼を見ている。
すると彼が面を取ってそれをひっくり返すと真帆に差し出した。
「真帆、見てよ。ここ…面の裏側。何かが書いてあるだろう?加藤が五線譜と一緒にこいつを呉れたんだ。」
真帆は面を覗き込む。
確かに文字が見えた。
それは漢字一文字。
それを真帆が声に出す。
「――雷?」
「うん」
と彼が頷く。
「…何、これ」
真帆が彼を見た。彼は首を横に振る。
「僕にも分からない。でも加藤はあの時、ほら難波の宮で対決した時言ったよね。独唱譜の秘密を少し教えてあげるよ――って」
(そうだ…言ってた)
真帆は思い出した。加藤は確かにそう言った。ごの独唱譜の秘密を教えてあげると。
あの時はそんなことは全く気に留めなかった。しかし、今面前でその秘密が大きく浮かび上がっている。
秘密とは?
そしてそれを解くのは…
真帆は顔を上げる。
「隼人、今から特別講義あるから。是、ウチ預かっても良い?」
「構わないよ。でも、どうする?」
「うん」
真帆は少し寂しそうな表情をしたが、直ぐに笑顔になって彼に言った。
「秘密は探偵によ。コバやんに渡してみる。彼ならさ、きっと謎を解いてくれるよ。きっと」
何故かどうしようもない程の湿りが湧いてくる。しかしそれを押しとどめようとする自分を精一杯彼の前で殺している。
「分かった。そうだね。小林君に任せよう。僕も彼ならなんかやって呉れると信じてるし、秘密を漏らさないと約束できる」
彼の心の中にある何か強い思いが語調を強くすると一人頷く。
「じゃぁ真帆、僕はこれから自転車を直しに行くよ。昨晩ちょっと壊れたから」
言うと彼は手を軽く上げて渡り廊下を去って行った。
真帆は一人になるとバッグからスマホを取り出しチャットを開く。そして画面にメッセージを打つ。
――コバやん、出番よ。
すると直ぐに返事が来た。
――補講の後、図書館に行くから。また後で
真帆はそれを見るとスマホをバッグに仕舞った。
その時、風が吹いた。その風に真帆の髪が舞い上がる。舞い上がる先に見えたのは雲一つない青空。
真帆は思った。
今この瞬間、一番夏が美しいと。




