59 視界
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真帆は学園へ向かっている。
向かいながら思う事は朝見たニュースの事だった。
朝食を摂りながら見たニュースは――昨晩午前零時頃、あべのハルカス、スカイビル、京橋OBBの高層ビルで突如プロジェクションマッピングによる映像が流れた――という内容で、これらは事前に届け出されたイベントでは無く、誰かによる予告の無い行いであり、現在大阪府警が事実について確認調査中という内容だった。
またプロジェクションマッピングを見た目撃者によれば――突如、深夜にビルの壁面に浮世絵が広がり、それが現実の様に動き出して躍動する様は見ている側からすれば見事な芸術だと言う意見が多く、またもう一度見てみたいという声が多数聞かれているとニュースは伝えていた。
(…芸術ねぇ)
真帆はバッグを手にして歩きながら急ぎ足で正門へ向かう。
(予告も無しにしたことも芸術っていうくくりなら許されるの?それなら皆やりたい放題やん。ウチの学校のあの落書きも、その類やんか?)
ちらりと学園の壁を見る。
(ちゃう?)
見れば落書き――壁画はほぼ消されている。真帆が学園に来なかった日に学園の方で業者に連絡し、消したのだろう。
(よしよし…それでええねん)
落書きが消されている壁を見て少し機嫌の良くなった真帆は正門を入り音楽室へと向かった。
だが、その足が止まった。
止まると音楽室とは違う方向へ向かって歩き出す。
歩き出す足取りが段々は早くなる。
今朝、真帆は自分が学校へ向かう事は甲賀にもコバやんにも連絡しなかった。
何となくだが、気持ち的に会いたくなかったのだ。
それは五線譜を盗られたことが影響しているのは言うまでもない。
五線譜は真帆が手にしているバッグごとすり替えられた。だから手にしたバッグの中には自分が細工した偽物の天鵞絨ファイルがそのまま入っている。
それはもし、加藤に会えば交換をしてもらうためだ。返してもらえるかは勿論、確証はない。
だが例え土下座をしてでも返して貰わなければならない。それは自分の為だけではない、五線譜に託してきた過去の音楽科の学生の為にも、そして未来の学生の為にも。
だからできればそれが手元に返るまでは二人に会いたくはない。
――自分がミスをした落とし前は自分一人でつけたい。
真帆が向かう先、それは加藤と出会った三階の渡り廊下。そこしか加藤の存在を感じられる場所は学園には無い。
途中階段を過ぎる時、学生とすれ違った。今日から学園は部活生も登校は出来ない。例の爆弾騒ぎがあったからだ。だから学園に来るのは夏の特別講義を受ける学生と赤点を取った補講生のみ。
それでも何人かは来てるのだ。ならば加藤も…
そう思って渡り廊下の扉を引いた。
引くと強い風が吹き込んで真帆は思わず下を向いた。
吹き込んできた風で黒髪が勢いよく後ろに流れて行く。
だがそれは数秒、やがて風が止んで髪が肩に落ちて来る。
真帆はゆっくりと顔を上げると渡り廊下を見渡した。
見渡す彼女の瞳に何かが映る。
――彼女の視界が捉えたもの。
それは白狐面とバッグを持つ甲賀隼人の姿だった。




