56 沈黙
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夏祭りに行く人々の喧噪の中で蹲る沈黙が在った。
その沈黙は誰にも悟られること無く一人ぼっちで蹲っている。いや、一人ぼっちだろうか?
もしかしたら少年が孤独を抱いたまま友達と手を繋ごうとして蹲っていたのかもしれない。
沈黙をコバやんが見つめる様に言う。
「この前、そいつと…難波の宮でちょっとした小競り合いになってね。その時、そいつがさ…僕の前でスケートボードを出して見事な技術で逃げたんだけど…その時さ、僕は見たんだ」
コバやんは少し間を措いて言った。
「…そいつのスケートボードに僕等しか使わない筈の『鳥』マークが描かれているのを」
サーちんは目を細めている。まるで話が何処か遠くの世界の事の様に。
「サーちん。――加藤と言うのはさ。どうも学園の生徒で演劇科の三年生なんだけど…僕はそいつの名前も知らないし、ましてや顔も知らない。だってそいつは…」
コバやんはサーちんが後ろ髪に被せている白狐面を指差す。
「夏休みの学園でそいつを被り現われ、またこの前の小競り合いの時にはサングラスをしていて素顔を隠して…」
「コバ」
サーちんが細めていた瞼を閉じた。
「…悪い。俺にはさっぱりコバの言ってることの意味が分からない。突然映画の中へ入り込んだ人間がいきなり入り込む迄の映画の本筋を理解するなんてできねぇよ」
「そりゃ…」
コバやんが言い淀むのをサーちんがくすりと笑って言う。
「まぁコバがその…加藤と言う奴とどんな関係か分からないし、どんな状況で小競り合いになったとか、学園で会ったとか、整理立てて順序良く話してくれないと分からないよ」
「…あ、じゃあさ。ちょっと…」
コバやんが表情を明るくして言った。
しかし…
「いや、止そうコバ」
サーちんは言った。
「えっ?」
「それはコバの話で俺には関係ないことだろ?」
「いやでも…そいつのボードにマークが…」
コバやんが食らいつく様に言う。
「マークなんてさ」
言ってからサーちんがスマホを取り出し画面をタップしてコバやんに見せた。
「…ほら、あの『鳥』マークならこうしてデザインして今誰でも金を払ってシールに出来る」
コバやんが画面をのぞき込むとそこにはスタンプサイトのアプリになっていて、確かに自分達の『鳥』があった。
「…これ…」
スマホをズボンのポケットに仕舞いながらサーちんが言う。
「悪いな、コバ。これで俺、小銭を稼いでる。ほら俺の知り合いのボードショップあるだろう。そこでこのマークを一つのブランドにしてもらってね…ん」
「と…いう事は」
「そう」
少しバツが悪そうにサーちんが言う。
「まぁそのマークが入っているボードはあるって事さ」




