55 熱中
(55)
「ボード?」
サーちんがコバやんの目を見る。互いの眼差しの内に何かが見える。その何かを知っているのは、夫々の自分達だけ。
祭りへ行く人々は流れる様に路上に腰掛けた自分達の面前を過ぎてゆく。白狐面を被る人が多く見えるのは、もしかしたら55アイスクリームが夏祭りに無料配布したせいもあるかもしれない。
自分達が腰掛けている路上の少し離れた所にキッチンカーが見え、人だかりになっている。
それは55アイスクリームの出店なのだ。
祭りへ向かう人はそこでクリームを買い、ひと時の涼を口に含んでそこで白狐面を貰うとそれを被って境内へ向かう。白狐夜行は此処から始まっている。そう、甘いアイスクリームが人々を白狐に変えていると言って良かった。
現にコバやんの横に居るサーちんも白狐面を後頭部に被せたまま、コバやんを見ている。
――彼もまた55アイスクリームを買ったのだろうか?
…では、それはいつ
「ああ、今でもやってるよ。運動はそれぐらいだからさ」
サーちんの言葉にコバやんは頷いた。
コバやんは彼の才能についてもう一つ手放しで認めるものがある。
それはスケートボードなのだ。
彼が母子家庭で母親が遅くまで働いている時間、二人は学童保育で時間を過ごした。その時、二人が熱中したのがスケートボードだった。
二人は学童保育で誰かが捨てたスケートボードを使っていつも遅くまで遊んだ。
唯、コバやんはボードを乗りこなす反射神経が無かった為か、それ程上達はしなかったが、サーちんは反射神経もさることながらスケートボードに対する恵まれた才能があるのか、めきめきと上達し、二人のボードに対する差は歴然となった。
唯、コバやん自身はそれで何か卑屈になったりすることは無く、むしろ友人の成長を見て大変喜んだ。
もしスケートボードの大会にでも出れば、その才能で良い成績を取れるだろうとコバやんは思ったし、実際彼は大会に出て優勝をしたので自分の見立ては間違いないと思った。
それを今も彼は続けていると言った。
ならば、相当の腕前になっている筈だった。
その腕前についてはそうだろうという事は、今のサーちんの答えで分かったが、コバやんはある事を此処で聞いてみなければならなかった。
ひょっとしたら、その事を聞きたくて彼とこの夏祭りに呼び出したのかもしれない。
――コバやんが訊きたい事。それは一体…
「なぁサーちん、今でもボードにはあのマーク描いてるん?」
サーちんがコバやんから視線を外した。
「マーク?」
少しくぐもった声でサーちんが答える。
「そう。ほら、僕らが学童で使っていたボード、あれを僕等の物だと言えるようにマークを描き込んだよね?」
サーちんがゆっくりと頷く。
「ああ…『鳥』か」
「そう、それ」
コバやんが頷く。
二人が棄てられたスケートボードに書き込んだ『鳥』。それは鳥を簡略化した十字のマーク。
幼い二人がそのマークに込めた思い。
それは…
――いつか、自分達の空へ羽ばたこう。
「…で、それがどうしたん?」
サーちんがコバやんに言う。
コバやんは僅かに黙って、それから頭を掻くと彼に言った。
「僕さ、…実はこの前見たんだよ。僕等の『鳥』を描き込んだボードを使っていた奴を」
そう言った瞬間、コバやんが見た友人の貌はどこか狐の妖に見えた。彼は目を細める。
コバやんは目を細めた妖に言う。
「そいつ、加藤って言うんだ」




