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54 岐路

(54)





 コバやんは彼が学園――堀川学園を辞めた事情を知っている。


 サーチン――彼はコバやんと同じ堀川学園の映像科の学生だった。

 彼は母子家庭で育った。そんな彼の母親が筋肉の神経が衰える難病になったのは丁度彼が学園の一年の夏休み迎えた頃だった。

 突如、訪れた悲劇と言って良いだろう。

 彼自身は学園の奨学生だったので、学費等は卒業後に支払えばよかったのだが、彼自身の強い責任感と母親への愛情が、彼自身を学園に残る事を良しとしなかった。

 彼は学園を去り、社会へと出ることを選択した。

 コバやんはそんな彼と幼馴染である。だから彼についてはもしかしたら彼自身以上に良く知っていた。特にパソコンを含めた色んな電子技術を操作する事については恐るべき才能を持っているという事を。

 母親が遅くまで働き、その為ひとりになる時間と環境が彼の才能を成長させた部分もあるが、元々生来持っていたテクノロジーに対する才能が有ったのだろう。

 コバやんは彼がパソコンを使って見せてくれたアニメーションを含めた作品と言ってもよいものを見た時、何度心から驚かされたことか。


 ――サーちんは天才。いや、神童だ!?


 それは幼いコバやんの意識に刷り込まれ、だからこそ、コバやんは彼に同じ堀川学園に行くことを進めたのだ。

 学園はアズマエンタープライズの支援がある。絶対、サーチンの才能の有望さに気づき、彼の卒業後も大きな援助をしてくれるだろうと。


 ――だが人生は上手くいかない。


 誰にも予測させてくれない岐路を用意しているものが人生なんだと、コバやんはサーちんが学園を正門から去る時、その姿を見て臍を噛むような思いでコバやんは見つめて思った。


 そしてその時以来で二人は再会し、今この熱冷めやらぬ路上で腰を下ろしている。


 ――これもまた青春なのかもしれない。

 幸福も悲劇もまた人生にはあるという事を知るのも。


「…サーちん」

 コバやんが言う。

「何?」

「僕さ。来年で卒業なんよ」

「そうか、そうだよな。俺も学園に居たらそうだし」

 サーちんが苦笑いをした。

「で、さ…」

「ん?」

「大学に行くと思う」

 コバやんが言う。

「そっか」

 サーちんの言葉尻にコバやんが話を続ける。

「それでね、僕はそこで劇団に入ろうと思う」

「役者を目指すんか」

「うん。それでさ、サーちん。…もし、その劇団で演出とかいろんなことが出来る人が必要になれば、サーちんに…お願いしたいと思ってる」

 サーちんが話を黙って聞いている。

「だって舞台演出とか、すごいPA技術も必要だし、映像演出とかも…」

 そこでサーちんが言葉を切る。

「いいって、コバ。それは良い」

 強い口調でサーちんがコバやんに言う。その強い口調に拒絶するような強い意志をコバやんは感じて、サーちんを見た。彼の間眼差しが自分を見ている。

「俺はさ、俺の道を行く。コバの助けは要らない」

 言うと彼は鼻を摘まみ、それから友人を見た。友人の優しい心遣いを十分理解した口調で話し出す。

「コバ。お前は自分の人生がある。俺には俺が選んだ人生だ。それは互いにどうしようもないものなんだ。

 俺は言っておくがオカンの事で別に嘆いている訳でもない。むしろ、俺はこの事で自分が進むべき人生の事が良く分かった。

 コバ、お前が優しい気持ちで言ってくれることには感謝する。コバ、優しさはそれを使うタイミングを間違えると、その人を侮辱することになる事も忘れないで欲しい」

 コバやんは衝撃を受けた。

 それは…


 ――優しさがその人を侮辱することになる事もあるということ。


 聞いてコバやんはうな垂れる気持ちになった。それは浅はかな思慮だったのかもしれない。サーちんは自分より早く厳しい大人の社会に出ているのだ。 

 自分みたいな大人になれていない学生とは違うのだという事を、この瞬間まじまじと全身に感じた。

 だが…

 コバやんは顔を上げた。それから腰掛ける友人を見た。

 自分は彼に尋ねなければならないことがあった。

 それが例え間違いであったとしても優しで隠すことは出来ない事柄だった。それは侮辱以下のことかもしれなくとも。

「サーちんさ…」

 呼ばれて彼が自分を見た。

 コバやんは彼の目を見て言った。

「今でもさ、スケートボードしてるん?」





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