53 現実
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二人は境内の祠側で待ち合わせをしていが、どちらともなく白狐群れ成す境内を繋ぐ石段を下ると道に出た。
稲荷神社は住宅街のY字路ともいえる道の中に在る。
その道は坂道である。その坂道の上に稲荷人神社はあり、祭りに行く人々は上り下りする人でごった返し、まるで夏の夜に突如浮かび上がった楼閣の様に見える。
その楼閣から離れて二人は石段を下りて自然と路上に腰掛けた。
腰掛けた面前を浴衣姿から覗く女性の踵が下駄の上で跳ねる様に動くのが見えるとコバやんはサーちんの方を振り向いた。
「急に呼び出してごめんね。でも、サーちんなら、何となく居るんじゃないかなと思ってね」
コバやんはもじゃもじゃ頭を掻いて言う。
サーチンが思わずくすりと笑う。
――サーチンと言われた若者。
彼は端正な顔立ちで髪は短くカットし、全体的に若者らしい爽やかさを感じさせている。
それだけでなく彼がコバやんを見る瞳は現実を捉える力があって、どこか学生のコバやんとは違って眼差しは凄く大人びている。
彼はというと丸首のシャツを着て少しだぶついたズボンを履いているが、それは決してどこか清潔感が無い様な感じではなく、むしろどこかきちんとした個性を出していて、嫌味が無い。
そんな彼をコバやんは『サーちん』と呼ぶ。
――彼の名を佐山サトルと言った。
その彼をコバやんは『サーちん』と親しみを籠めて言う。
そして彼もまたコバやんの事を『小林』と親しみを籠めて言う。
彼とコバやんは互いに幼馴染で二人の関係はコバやんが学童保育に行っていた幼い頃からの知り合い――つまり幼馴染だった。
その二人はが夏祭りで賑わう稲荷神社の石段下の道に腰掛けている。
腰掛ける路上は日中の熱を含んでいるのか、やや熱がある。その僅かの熱の上に二人は腰かけて、何となく存在している。
互いに存在しているだけで良いのかもしれない。
――友情と言うのは
「サーちんは。今どうしてるん?」
「俺?」
サーチンがコバやんを見た。
「うん、そう」
少し首を傾げるとサーちんが言った。
「そうだね。朝はコンビニでバイトして、それから近くのファミレスで今は昼から夜までバイトしてる。
俺は学生じゃないし、金稼がないといけないからね。…まぁ、今日はファミレスを早退。だってコバに久々に会うからさ」
「そう、ごめんね。早退させてしまって」
コバやんが頭を下げる。
「いや、良いよ。やっぱ嬉しいやん。友達から誘われたら。それも懐かしいここの夏祭りだし」
「うん」
コバやんが言ってから二人に頭上に夏夜の沈黙が降りた。その沈黙が十分に下りてからサーチンがコバやんに言った。
「いつだっけ?この夏祭りに学童保育で行ったの」
「多分、…確か、小学生の二、三年ぐらいかな」
うん、とコバやんが答えて頷く。
「…かな、あの頃本当に夜迄残ってんの、俺らだけやったもんな。それで学童の人が俺らを連れて行ってくれたんよな」
「そうそう」
コバやんが笑う。
「その時、境内でお笑いのさ、漫才やってて。コバ、覚えてる?アレめっちゃ面白かった」
「そうそう」
コバやんが笑い声を上げる。その笑い声にサーチンも振り向き互いの顔を見て笑い声を上げる。笑い声がどちらからともなく消えると、サーチンは呟く様に言った。
「まぁ本当に時間が経つのが早いなぁ。その頃まだおふくろ――ああ、オカンも元気で働いてて遅かったからさ」
聞いてコバやんが言う。
「…お母さんの病気どうなん?」
訊かれてサーチンが顎を撫でて、視線をコバやんから外す。
「…うん、筋肉のさ、神経の動きが悪くなって…今は大きな病院に入院してる。まぁ、仕方ない…難病だしな、後は俺が何とかオカンを支えないと。だから働くために学園を辞めたんだしな」
彼の瞳をコバやんは見ていなが、きっとそこには現実を捉える若者の眼差しがあった。




