52 白狐
(52)
賑わいの中で揺らめく人影。
彼は稲荷神社境内の祠側に腰掛けてそれを見ている。
彼とは――、
そうコバやんである。
今夜の彼は白のシャツにチノパンとサンダルと言う身軽な格好で行き交う人の姿を、いや正確には露店から洩れ落ちる明かりで揺れ動く人影を見ていた。
――玉造稲荷神社夏祭り。
他の大阪の大きな神社の夏祭りとは違い、小さな神社の祭りだがそれでも十分夏祭りの雰囲気に酔える感覚は十分にある。境内にあがれば赤い提灯が繋がり、夏の夜の熱気をそれが繋いでいるように見える。
行き交う人の多くは浴衣を着て、漏れる露店の灯りが艶びく女性や颯爽とした男性の顔を照らし出し、その後ろ髪を白狐面で隠して歩いている姿を見れば、誰でもそこに都会の中を歩く狐の白狐夜行が現れたと思う事だろう。
コバやんはそんな白狐夜行を感じながら露店の灯りから洩れて揺れ動く人影を見ている。
面前を行く白狐夜行は大人も子供も老若何女入り混じり、彼等のさざめく笑い声や足音で列をなしている。
もしそれを狐が見れば仲間が歩いていると錯覚して野原から飛び跳ねて出てきそうな感覚が白狐夜行にはあったが、彼はそんな錯覚した狐ではなく、『人』を待っていた。
だからコバやんは自然と白狐夜行から視線を外して『狐』ではなく、揺れ動く人影の中で『人』を待っていたのだ。
スマホをズボンから取り出して見れば約束した時間が来ている。時刻を確認するとコバやんはそれをポケットに仕舞った。
「――よう、コバ」
自分を呼ぶ声に彼は顔を上げた。
するとそこに――『狐』が居た。
コバやんは立ち上がる。立ち上がりながら自然と心の中で湧き上がる思いがある。
その思いは真帆や甲賀に向けられる思いと何も変わらない。
――そう、
それは友情。
しかし、彼が待っていたのは『人』ではなかったか?
『狐』では無かった筈だ。
コバやんは長い背を伸ばして頭を掻いた。掻いて笑顔になると『狐』に言った。
「サーちん、久しぶり。学園を辞めて以来だね。…お母さんは元気にしてる?」
言われてサーちんと言われた『狐』は漏れる露店の明かりの方を向いて被っている白狐面を取り、コバやんの方を振り向いた。端正な顔立ちが仮面の下から現れる。
振り向いた彼の二重瞼の瞳に露店の漏れる明かりが反射するとコバやんに向かって彼はニコリと笑って言った。
「ああ、おかんはまずますよ。俺も元気にしてる、コバも元気そうだな」
彼はそう言うと被っていた面を回して後ろ髪のとこで止め、端正な顔立ちを見せると再びコバやんに向かって笑った。




