48 謎々
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(…加藤?)
真帆はコバやんが言った言葉を反芻する。
(それが孤独とどう関係が?)
コバやんは加藤の名を言ってから暫く黙っていたが、鼻頭を指で摘まむとゆっくりと何かを掴む様に話し出した。
――それはどこか雲を掴むかのような口調で。
コバやんは言う。
「…何だろう…加藤からさ…僕、何か孤独を感じとってしまうんだ。…渡り廊下で一人『何か』の為に風を調べている加藤って一人で何かを成そうとしてるんじゃないか、難波の宮で僕らと向き合った彼からも学校に壁画を描いてしまうような行動をしないと満たされないという孤独さを感じて…だからスケートボードであんな無茶をしでかしたり…」
此処でコバやんはがむしゃらに頭を掻き始めた。
「…なんだろう、こう…同じようで何か異なるようで、何か違うようだけど…どこか同じのような…でもしっかりと孤独が確かに在るんだ、いや――それは孤高かもしれない」
聞きながら真帆は笑う。
「何よ、一体。それ。どこに孤独が加藤に在るのか全く説明になってないし」
コバやんは頭をより一斉に激しく頭を掻く。それは混乱と言うか混迷と言うか、正にそんな瞬間に彼は居て、それを何とか逃れようと藻掻いているようだった。
「…うん、そうそう。…九名鎮、僕にもそれは分かってる。分かっていて…でもさ、そのぉ…何というか…感じる部分があるんだよね…彼から孤独というものを…互いに…僕が子供の頃に感じたような似た感覚を…加藤から…」
真帆があきれ顔でやや憮然としてコバやんに言う。
「正直さっぱり、意味わかんねぇ。何かコバやんだけ分かっていてもしょうがない『答え』を、此処で言ってもね。今言ってることは正直答えじゃない。『謎』だよ」
コバやんが掻いてる手を止めると顔を上げて真帆を見て言った。
「――『謎』?」
真帆が頷く。
「そう『謎』だよ。まるで謎々。今言った事はね」
憮然とした表情を緩めて真帆は手で髪を後ろに流すとヘアゴムで髪を縛った。
「…まぁ、そう言う事。それって何かまだ足りてないから、そんな答えになるんちゃう?」
髪を縛り終えると真帆は立ち上がる。すると再び雑木林が揺れて風が吹いた。コバやんもベンチから立ち上がる真帆を見て、「そうだね」と呟いて頷いた。
「まぁ、それならさ。今日はこの辺で良いんちゃう?それでどうする?これからどこかに行く?筋肉バーガーは最近行き過ぎやし、55アイスクリームは加藤おるし…」
言われてコバやんは立ち上がると真帆に言った。
「いや、今日はこれから友達の所に行くから、今日はこれで」
「そう」
「うん」
コバやんはそう言うと歩き出しながら真帆に言った。
「何か悪いね。呼び出したみたいで」
「いや、ええよ」
「まぁ正門の自動販売機でジュース奢るよ」
それを聞いてイヒヒと笑いながら真帆もコバやんの後ろを歩き始めた。その時、真帆はコバやんの背に何かを見た。それは何とも不思議な事にそこにいつから居たのか蝉が引っ付いていた。
「あっ、蝉や!」
「えっ、どこ?」
コバやんが振り返りながら言う。
「背中」
真帆が指差す。
「マジ?」
するとその瞬間、蝉が一斉に鳴きだした。それは一瞬にして二人の背に夏の強い陽射しを引きもどし、やがて蝉は鳴き止むと羽根を広げて空高く飛んで行った。
雑木林の何処かへ飛んで消えた蝉を見て真帆は思った。
――まるで蝉は自分達の会話が終わる迄、泣くのをコバやんの背で待っていたみたいだ。
真帆は思わず飛んで行く蝉を見てそう思ったが、ひょっとするとコバやんもそう思ったのかもしれない。
だからかもしれないが、互いに視線が合うとどちらからともなく自然に微笑がこぼれ、二人は夏を背中に感じながら何も言わず雑木林を去って行った。




