45 裏側
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「九名鎮が来る前に…ほら、あの渡り廊下に行ったんだよ」
「そうなん?先生に見つからんかった?」
真帆がコバやんを見る。
「うん、大丈夫。途中、工事の業者の人とかすれ違ったけど、他には誰にも会わなかった」
「そうか、夏休み開けたら新しいデジタル授業があるもんなぁ。色んな機械設置があるから工事の人は夏休み無しやな」
どこかすまなさそうに真帆が呟いた。
「そうやね」
それに同調して頷くコバやん。
「…で?渡り廊下はどうしたん?」
話題を切り替える真帆の声にコバやんが頷いて答える。
「そうそう、その廊下やけどね。意外と知らなかったけど…強い風が吹くんやなと」
「え?まぁいつもやろ?」
「うん、まぁ確かにそうなんやけど。この時期は特になのか、元々夏休みだから学園に来ないやろ。だからあんなに強い風が吹くなんて知らなくて」
コバやんは興味深い眼差しをしている。
「そんなに強い風が吹くん?」
「うん」
と言って彼はズボンから何かを取り出して真帆に見せた。
真帆がそれを手に取る。見ればそれはゴム風船だった。
「風船やん」
「そう、それをさ、膨らまして風に乗せたら見る見るうちに空へと舞い上がって行った。中々の風量だったよ」
「へぇ…」
真帆がゴム風船をコバやんに返す。それを彼はズボンに仕舞うと真帆に言う。
「いやさ、どうして加藤があそこに居たのか気になって調査したんよ、あの場所を。それで何となくだけど…ひょっとすると加藤は夏休みにあそこでどれくらいの風が吹くか調べてたんちゃうかなと」
「調べてた?なんの為に?」
真帆が眉間に皺を寄せた。
「いやそれは分からへんけど」
コバやんが頭を掻く。
「唯、『何か』の為だろうね、それは間違いなく」
真帆はコバやんの言葉に頷く。いや、探偵の言葉に。
「そうだ、今持って来てる?例のヤツ」
言われて真帆はバッグから独唱譜を取り出してコバやんに渡した。
彼は渡された天鵞絨ファイルを開けると中の透明ファイルに入っている五線譜を丁寧に取り出す。そして取り出すとそれを太陽に透かした。
「何かありそうなん?」
真帆の問いにコバやんが首を横に振る。
「…うん…やっぱり特に何か特別な透かしがあるようではないかぁ…」
言ってから五線譜を裏返す。
「この前さ、偽物を造ったよね?」
「うん、造った。」
「その時さ、九名鎮、偽物の裏側も同じようにリアルにしなあかん言うて、まぁ結局ニコちゃんマーク描いたけど…」
「描いたね」
言って真帆が笑う。
「そう、その時さ、ほら、是、見て。本物の此処」
「うん、何?」
真帆がコバやんの指先を覗く。
「見える?」
「見える」
真帆が頷く。頷くとコバやんがゆっくりと指を動かす。
「五線譜をひっくり返した時、僕には見えたんだ。…此処に消えかけてるけど鉛筆で線が書かれているの、ほら幾つも交差するように」
真帆が目を凝らしコバやんの動く指先を追う。視線の先を捉える為フォントを合わそうと網膜が動いて何かを映し出す。
やがて真帆の網膜が何かを捉える。
それは正にコバやんが言う様に消えかかっているが縦横に交差する幾つもの線だった。




