41 加藤の逃走
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「…えっ!?」
それを見た瞬間、意外にもコバやんが激しく声を上げて反応した。その反応は加藤の予想外ともいえる行動に反応した為か、同時に目も大きく見開かれていた。
加藤はバッグからヘルメットを取り出すとそれを被って、スケートボードに足を掛けた。
「じゃぁ、悪いけど。ここから消えさせてもらうよ。…例の物は、学校で貰う事にする。まぁ…これから起きることで学校の夏期講習が始まるならだけどね…」
言うや加藤はスケートボードを足で前へ押し出し、勢いをつけた。
その場を去ろうとする加藤へコバやんが猛追するように走り出して声を絞る様に出す。
「…待て!加藤!!」
「待てないさ」
笑う加藤。
その制止を振り切り、加藤はコバやんと距離をみるみる開けて行く。
それを見て甲賀が真帆に言う。
「九名鎮、僕は良いから!!小林君の後を!!早く走れっ!!」
真帆が頷いて走り出している祭り法被姿の背を追う。
追うコバやんとの距離を十分に空けながら加藤はスケートボードを転がして言う。その声が追うコバやんと真帆の耳に聞こえて来る。
「…なぁ分かるかい、どうしてここに君達を誘い込んだのか?…此処は法円坂といってね上町台地の端。つまり大阪で一番長い坂が大坂城の側を下っている…つまりスケータの俺には格好の逃げ場なのさ」
言うや加藤は力強く地面を蹴り車道に出た。
「そう言う事さ、小林」
言われてコバやんが顔を上げた時、車道では信号が変わり一斉に車が動き出そうとしていた。そして加藤がコバやんを跳ね付ける様に言った。
「ちなみに言っとくが、学校のグラフティは俺の仕業さ」
「えっ!!」
車の動き出しと共に加藤がひらりと身を翻してスケートボードを勢いよく蹴った。
――加藤の意思が向かう場所。
それは動き始める車道の群れ。
それを見てコバやんが叫ぶ。
「加藤っ!!待て!いくらお前でも危ない!!」
だが加藤はコバやんの制止の声に振り返ることなく何と坂道を下るように対向して来る車の群れへと勢いよく飛び込んだ。
その姿を見て車が一斉にクラクションを鳴らす。
加藤はそのクラクションが鳴り響く車の隙間に身体を低くして滑り込むと、まるでスケートボードと一体となった矢のように全く間に自分を追う二人の視界から忽然と消えて行った。
加藤のあまりの危険ともいえる芸当に二人はただ茫然と彼が消えて行った先を見ている。
信号が変わり動き出した車の流れは止まる事は無かった。
つまりそれが意味するのは彼自身見事に車の隙間を縫うように自分達の視界から忽然と消えたという事だった。
呆然と見つめる二人の後を追う様に甲賀が片足を引き摺る様にやって来た。
「…加藤は?」
振り返り真帆が首を横に振る。
「逃げたか…」
甲賀が悔しそうに声を絞る。その甲賀に真帆が優しく声を掛ける。
「ごめんね、隼人。折角の休みに無茶させて足まで怪我させて」
言われて甲賀が微笑する。
「なぁに、まぁ大したことないさ。帰ったら湿布でも貼っておくさ」
「そうね」
「そう」
そこで真帆が何か思いだしたように笑う。
「しかし、一瞬だけやったね。格好が良かったの。まるで新喜劇みたいやん。いきなり怪我なんて」
そこでぷっと真帆が噴き出す。それを見て甲賀が指をくるりと回して真帆を指差して言った。
「良く言ってくれるよな、そんな事」
言うと甲賀がコバやんを見る。
コバやんは消える様に逃げた加藤を懸命に探しているのか、目を細めて見つめている。それを背後で二人は暫く見ていたがやがて真帆が法被の背を軽く叩いた。
「…まぁ、ええやん。しゃぁないよ、コバやん。また何とかなるよ。でも、あの落書き、あいつがやったんやな」
真帆の言葉にコバやんは何かあるのか、急に頭をがりがりと搔き始めた。それが何か普通じゃない様子で、何かを深く懸命に考えこんでいる様子に二人には見えた。
真帆が心配そうにコバやんに言う。
「まぁ、マジで良いって。それよりも明日やで。コバやん。明日、明日」
真帆は慰める様な気持ちでコバやんに言うが彼は一向に何か考えを巡らせているようで大量に汗を掻きながら執拗に頭を掻いている。そして掻きながら彼はぽつりと二人の前で漏らした。
「…いや、何か…なぁ…なんか、こう違うんだ。なぁ加藤…違うよなぁ?…そうだろ…」
二人はコバやんの流れる様な汗を流しながらあまりにも意味不明な事をうなされる様に言うので、もしかしたらこの暑さで熱中症にでもなったのじゃないかと心配になった。
だからコバやんを誘ってどこか涼しい場所にでも行かなきゃと二人が目配せした時、急に三人のスマホが鳴り響いた。
慌てて三人がスマホを一斉に手にすると、スマホの画面には大阪市の緊急速報メールが届いていた。
それを見るて真帆がぎよっとなって二人を振り返り驚いて言った。
「マジか…」
真帆が見て驚いた内容。
それはこうだった。
――本日、市内数か所で爆発が発生。
以下の付近への外出は禁止してください。大阪市…区、…区
真帆がスマホを見れば時刻は午前二時を過ぎている。
「もう…こんな時間」
真帆は甲賀を見る。
甲賀は頬を軽く指で掻く。
「今日はこんな事情じゃ、勝利飯はお預けだね」
真帆が頷く。頷くと真帆はて額にやって空を見上げた。
雲が流れて行くのが見えた。
――ぎらつく太陽はコバやんを熱中症にさせたのかもしれない。
真帆は思った。
何故ならコバやんは緊急メールを見て驚きを見せたが、しかしひとりで歩き出すと大量の汗を掻きながら再び幾度となく髪をがりがりと掻いて、意味不明な事を暫く二人の前で漏らし続けたからだ。
そんなコバやんを心配するように二人は静かに影を踏む様に歩いていたが、やがて別れの地点に来ると互いに別れの挨拶をしてそれぞれ帰路に着いた。
また明日会う為に。




