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四天王寺ロダンの青春  作者: 日南田 ウヲ
青き春と炎
28/107

28 どう?交換(トレード)しない?

(28)




 吹き抜ける夏風に靡いて流れゆく黒髪。風の中で揺れ動く髪の毛一つ一つに想いがもし籠められているとしたら、それは風に運ばれ空を舞い、やがて夜空に拾い上げられて君の頭上に輝くだろうか。


 ――それが青春の夢だと、いつか君は思う時が来るかもしれない。


 しかし、それは「いつか」だ。今はまだ青春の真っただ中。

 風の中に君は居て、誰かがまた君を呼ぶ。


 それが望もうとも望まなくとも、君の名を呼ぶ人が居る。

 再び、同じ場所で。



「…ああ、また会ったね。九名鎮」

 真帆は渡り廊下に足を踏み入れて、風に吹かれた。

 その流れる自分の黒髪の向こうにその姿を見つけた時、何故だか、自分にどこか可笑しみを感じないではいられなかった。

 どこかで誰かが見ているのじゃないかと言うくらいに、まさにピタリとタイミングが合ったこの奇遇をどう思えばいいか?


 ――ミステリーか、喜劇じゃないの?


 そう心の中で突っ込みながら真帆はしかし昨日とは違う事を実感している。昨日は自分一人で臨んだが、しかし今日は後ろに頼もしい人物が居る。

 そう、今はまだ名も無き探偵と言っておこう、加藤。

 コバやんの事は。


 真帆はコバやんと共に加藤に対峙する。

 対峙する加藤は、狐の白面に赤い更紗はしておらず、夏服の制服姿で手には風車の代わりに赤い風船を手にしていた。その風船が風に揺れている。

 加藤の視線は二人を交互に見ていてた、やがて風船を手にしていない手を手をくるくると回してポケットの中に突っこむと、「へー」と言って、真帆の方へ軽く顎を突き出して言った。

「なんだ、一人じゃないんだね。今日は、ボディガードが居るの?」

 友達に話しかける気さくさと言うよりもどこか嫉妬が含んでるようにも見える。

「加藤!」

 真帆が言う。

「何?」

「こちら、コバやん。演劇科の。あんた知ってるんでしょう?」

 狐の白面から洩れるように細い笑い声が聞こえる。

「いや、知らないよ。誰?」

「あんた、昨日知ってるって言ってたやない?」

 真帆の語調が強くなる。

「言ったけど。それが本当の事じゃないと絶対駄目な訳?」

 意表を突く加藤の言葉に真帆が目を丸くする。

「はぁ?何、あんた、嘘ついたん?」

「嘘?嘘ねぇ、まぁそうだね。嘘さ、僕は別に本当の事最初から言うつもりは無いし」

「ならさ、田中()()()がおばあちゃんだなんてそれも嘘やろ?」

 ふん、と鼻息荒く真帆が問い詰める。

()()()やない」

「どっちでもええやんけ。名前何て」

 中々真帆も喧嘩のコツを掴んでいるかもしれない。僅かに加藤の気持ちが強くなったのか語調が強くなる。

「おいおい、正確に覚えてくれよ。田中イオリだよ。でもおばあちゃんと言うのは間違いないよ」

「さぁ…それも本当かどうか」

「まぁ、どう思われようとかまわない。僕からすれば、君が持っている独唱(ソロ)譜さえ、手に入ればいいのだから」

「あ、その独唱(ソロ)譜って是の事?」

 言ってコバやんが天鵞絨のファイルを手に上げる。

 加藤の視線がそちらを向く。

(ちゃ)う?」

 コバやんがファイルを振る。

「どう?」

「違うことは無い」

「うん」

 それでコバやんは歩き出して真帆の側を過ぎようとする。すると素早く加藤が声で彼の動きを制する。

「そこまで、小林君。それ以上近寄るな」

「近寄らなければ、是、渡せないよ」

 思わわぬコバやんの言葉に真帆が驚く。

「ちょっと、コバやん!!何、言うてんの1?」

 驚く真帆を無視してコバやんはファイルを差し出す。

 それをじっと見る加藤。何を思っているのか分からないが、唯、風船だけがゆらゆら風に揺れている。


「どう?交換(トレード)しない?」


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