106 終わり
(106)
――小林君、卒業おめでとう。
僕は今、サウジアラビアに居ます。
こちらは乾燥して大変だ。
真帆にも言葉を送りたいけど、僕は彼女にとって犯罪者だから、止めておこうと思う。
…でも、もし時が過ぎて彼女の心に余裕ができたら伝えてほしい。
僕は間違いなく、君が好きだったということを。
それから小林君、君には本当に感謝している。
改めて思うのは君が僕の素性を調べてくれたことが、僕の犯罪への関与をやめさせてくれたということだ。
僕が初めて真帆と『加藤』として向き合った時、君が言うように僕はすぐに下の階へと飛び降りた。次はロープで逃げたけど、まぁそれらの不自然さを君が調べた僕の素性とマッチさせたのは、流石に君の勘と才能所以だろうね。
でもそれだけではなく、君はあの御堂筋での会合の晩に僕と入れ替わり、堂々と『僕』を演じた。
勿論、それは偽声だけであったとしても、君の役者としての才能の片鱗故だろう。結果として誰も気づかなかっただけでなく、奪った五線譜をモモチへ渡すことなく、そればかりか僕が真帆に疑われずに返す方法まで考えてくれた。
それがどれ程凄いことか、僕には分かるし、今もそれをそっと胸に仕舞ってこのサウジアラビアの風に吹かれている。
そしてあの晩のことを思い出す。
君は僕に言ったね。
――真帆に気づかれることなくするには唯一、自分一人で虚構を創り、それを真実の様に演じるということ、
まるでチャップリンのように
つまり僕は居ない筈のモモチを居たように真帆へ信じ込ませる演技をしたんだ。しかし、そこには真帆に嫌われたくない、疑われたくないという僕の気持ちを思わんばかりの君の優しさがあったからこそ、僕は演技ができたんだと今更ながらに僕は思うよ。
でも、一番やばかったのは壁画を街中に描いてた頃、監視カメラに映った時だった。しかし君はあの御堂筋での会合前に僕と話をした際、君はおそらく警察が僕のところに来るだろうから互いの自転車を交換しておこうと言ってくれた。
でもそれが本当にうまくいって、警察の目をくらますことができた。
――小林君、
いや、四天王寺ロダン。
僕に夏をくれて有難う。
そして真帆。僕らが生きた青春を高らかに歌う独唱者。
君がもし僕を許してくれたら、地球上のどんな街角でもいい、君と会ってもう一度心の底から一緒に笑いたい。
そう、…皆と過ごした青春を思い出しながら。
では、ごきげんよう、皆。
僕は此処から自分が信じる未知の未来へ歩んで行く。
温故知新だ、真帆。
じゃぁ、さようなら。
青春の友よ。
また、いつか会おう。
互いの声の届く頂に立つ、
その日まで。
―――甲賀隼人。
――完
『四天王寺ロダンの青春』




