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四天王寺ロダンの青春  作者: 日南田 ウヲ
END OF SUMMER 夏の終わり
105/107

105 四天王寺ロダンの邂逅

(105)




 蝉が鳴いている。四天王寺ロダンの頭上に輝く夏の太陽と共に。

 彼は昨晩、ファミレスで劇の脚本を仕上げると、自転車に乗り、汗だくになりながらある場所へ向かっていた。

 それは何処か?

 九名鎮の実家である。

 彼女の実家は天神橋商店街の中にある。そこを目指してロダンは自転車を漕いでいた。それは高校生の時、真帆と二人乗りした時と寸分変わらない気持ちで。

 やがて商店街に着くと彼は自転車を降りて、押しながらやがて九名鎮の実家に着いた。彼は自転車を止めると佃煮屋の暖簾を潜った。潜ると中から年配の夫人が出て来て、ロダンを見るや声を掛けた。

「あら!!小林君」

 ロダンは軽く会釈する。そして婦人に言った。

「突然、おばさん、すいません。…実は九名鎮に急に会いたくなって」

 ロダンが言うと、婦人――真帆の母親はゆっくりと穏やかな表情になってロダンに笑顔を送った。

「そうなんね。…久々やし、あの子、喜ぶわ」

 そう言ってからロダンへ視線を送り、手招く。

「さぁ、中に」

 言われてロダンは中に入ろうとしたが、しかし、不意に足を止めた。それから頭を掻くと、真帆の母親に言った。

「…いや、いけないや。僕、急ぎの用事があったんや」

 言うとロダンは真帆の母親を見て、それからバッグを開いて一枚の封書を出した。

 そして彼は言った。

「おばさん、これ、九名鎮の仏前に置いてくれませんか。これね…昔、高校の時に九名鎮を好きやった子から預かっていたものなんです。お願いします」



 事実がひとつある。

 彼女、九名鎮真帆は卒業後、確かにアメリカに渡った。そして彼女はミシシッピーやニューオリンズでジャズシンガーとして歌い続けたが、ある夜の演奏中に麻薬中毒者による銃の乱射事件で亡くなった。


 ロダンが彼女を忘れていた理由、それはあまりにも悲しい事実から目を背けたからだった。つまり脳内シナプスが拒否をしたのである。

 それは青春の喪失という事実から。


 テレビ局のガラス張りの壁に伊丹空港へ着陸する飛行機の姿が映った。ロダンはベンチに腰掛け、飛行機が過ぎ去ってゆくのを目で追ってゆく。

 その飛行機の翼が消えるその先に、もしかしたら九名鎮が生きて居るのでないかという『嘘』を追いかけたくて。

 じりじりと照り付ける太陽にロダンをふと思い出した。この公園で二人、ともに腹を抱えて笑ったという事実を。


 彼女は――難波デンごろ寝助。

 そして自分は――四天王寺ロダン。


 思えば、自分の役者名は彼女の青春の証だ。そして彼女が確かに生きていたという証なのだ。

(ごめんな、九名鎮。久々に会えるかなと思ったけど、まだ心の傷が深いみたい)

 心の深い部分に照り付ける太陽が、影になってロダンを覆おうとした時だった。

「ねぇ!!」

(…えっ!!)

 突如聞こえた声に、思わずロダンは顔を上げた。顔を上げたが、それは自分の側を自転車での二人乗りで駆け抜け高校生の声だった。

 だが、高校生の男女の乗った自転車がブレーキをかけて止まる。ロダンがそれを見ると、自分の足元に何かが転がって来た。

 それをロダンが拾うと、それは白狐の面だった。

(…あ、これ)

 ロダンは自転車から降りてこちらに駆け寄る女の子を見た。彼は立ち上がり、近寄って来た女の子に白狐面を手渡した。

「はい、これ…」

「ありがとうございます」

「もしかして今日、玉造稲荷で祭り?」

 女の子がうんと答えるとロダンが言った。

「…、あ、君さ。高校生だよね?」

 ロダンの声に女の子が訝しむ。それをかき消すようにロダンが手を慌てて振ってから、一枚のチラシをバッグから出した。

「いや!僕、怪しいものじゃないよ。天王寺で劇団をしていてね、『シャボン玉爆弾』という劇団なんだけど、今度、劇をするから見に来てくれないかなと」

 言ってから彼女にチラシを渡す。渡すともう一人の男の子が来て、チラシを覗き込む。

「なになん?」

 彼が彼女に訊く。

「なんでも劇団らしいよ」

「へー」 

 言ってから彼がチラシを手に取るとロダンを見た。

「お兄さんがしてるん?」

 ロダンが頷いた。頷くとアフロヘアが揺れた。それがどこかおかしいのか、二人が顔を見合わせると笑った。そして笑いながらロダンに言った。

「名前はなんていうン?」

 するとロダンは、急にそこで足を開いて、股旅みたいに腰を下げて、手をずいと差し出した。

 そして言う。

「アッシですかい?そう、アッシの名は…」

 言うとそこで急に涙が出て来た。

 だが、力を籠めて言った。

「…奇なる姓に、妙なる名。そう、人呼んで『四天王寺ロダン』と申します。以後、お見知りおきをお願いしやス、お若いお二方」

 そして言い終わるや顔をぐぃと上げて、アフロヘアを撫でてから涙交じりに二人を見て笑った。

 その笑顔に高校生は笑いながらロダンからチラシを受け取って、自分の前を去った。二人は今夜夏祭りに行くのかもしれない。

 そんな去りゆく二人の背に向かってロダンは言った。



 僕は生きるよ、

 九名鎮。


 そう、君の分もね。

 だから、応援してくれ。


 あの青春の頃の君のままで。






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