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四天王寺ロダンの青春  作者: 日南田 ウヲ
END OF SUMMER 夏の終わり
102/107

102 陥落するモモチ

(102)




 げこっ

 げこっ

(あ、これはカエルの声だ。オタマジャクシはまだ鳴かないか)

 そう、思うと、コバやんは話を続けた。

「――そんな君がこの学園に居たことをカマガエルは当然学園中に隠していたし、発見したこの僕すらも青天の霹靂、実に驚いたよ。でもそれで僕の最大でとても小さな躓きが解決できたんだ」

 モモチのコバやんを見上げる眼差しが深い。それは興味が深いことを示している。

 コバやんは一人頷く。

「どうしてさ、九名鎮が独唱者(ソリスト)になったことを『加藤』――つまりあの時の甲賀君が知りえたのか?彼はね、『(SHINOBI)』の会合があったあの夜に僕に全てを打ち分けた時、こう言ったんだ。――真帆の事はモモチから連絡があった、とね。――それって興味深いよね。だから僕はね、まず、その事を考えたんよ」

 コバやんは神代護――、いや、モモチの肩に置いた手をそっと離すと歩いて椅子を引き寄せて腰掛けた。その視線がじっとモモチを凝視する。

「でもそれは簡単だった。モモチという存在が一番決定に近い場所にいれば――つまり、カマガエルの息子ならね。おそらく君はお父さんから聞いたんだろう?それもごく普通の親子の会話としてね。別にそれは国を動かすような超機密情報じゃない。唯の学園の行事の一つやし」

 コバやんそこで腕を組んだ。深い洞察をいま動かす為に、瞼を閉じる。

「…夏の早い時期の職員会議――それでピンと来た君は…ただ父親に連絡した。そして聞いたんだ、独唱者のことを。…でもね。何故そうして迄、強い関心をそれに持たないといけないのか?君には全く利益が無いだろう?…僕は、次にそれに困った。つまり理由に」

 言うと瞼を開けて、ズボンのポケットからスマホを取り出した。

「それが、此処にあるんだ。つまり僕に送られた未希ちゃんからのメッセージ。君は僕と未希ちゃんの付き合いを知っていたかどうかはわからないけど。僕等は幼馴染でね。そんな彼女が僕に今年の春頃、メッセをくれたんだ。――しつこい子につき纏われてるとね…、僕はよくあることだと思っていたし、未希ちゃんは仕事で学園には居ない時もあるから、気にはしていなかったけど、ここに僕の洞察が入り込んだんだ」

 言ってからコバやんはモモチを指差した。

「…それこそ、つまり西条未希こそ、君がこの件に関する関心を寄せる全てに関する理由さ」

 指先がモモチの黒い瞳を指している。彼の表情は落ちつき、憮然としていない。それどころか、とても熱心に聞き入っている。先程、拳を掌で叩いた感情の熱は全く感じられない。

 感情をコントロールしているのかもしれない。内面をコバやんに悟られないよう、それはまるで仮面を被っている役者のようだった。

 モモチを指差した指をコバやんはこめかみにぐぃと押し当てた。

「そして君は九名鎮から五線譜を奪えば、彼女は奪われて失くした責任から辞退し、その結果、未希ちゃんが独唱者に選ばれる筈だと考え、――そこで君は計画を立てた。それも『(SHINOBI)』を使って。君が何故、そうしようと思ったか。実にこれも実に愉快なんだ」

 コバやんはさぞ愉快だとも言いたげに笑う。それを見てモモチが首を傾げて言う。

「小林さん、そこまで分かるなら、是非、訊きたいですね」

「そうかい?」

「ええ」

「ならば…」

 コバやんは足を組んで、モモチを見て言った。

「…僕は理由は知らないけど、君はこの団体を作った。そこに佐山サトルや甲賀隼人等を集めたけど、どうしても気に入らないやつがひとり居た。――それがなんともだけどね。あの仲間のゴエモンなんだ」

 モモチがピクリとする。それを見たコバやんがほくそ笑んで続ける。

「君は奴を何とかしたかった。だから君は九名鎮の事もそうだけど、ゴエモンも…大阪を強請った爆弾騒ぎの実行犯として、同時に処理しようと考えた。勿論、それも未希ちゃんの為にね。それがこの事件の真相なんだ」

 モモチは僅かばかりの反応を見せて、コバやんを凝視した。最早、どこにも逃げ道がない知性の行き場を探している人物が居るとしたら、正に今のモモチかもしれない。

 こばやんがふぅと息を吐いた。だが直ぐに眉間に皺が入る、言いづらいことかもしれないが、彼は淡々として話し出す。

「…彼はさ、実は表では普通なんだけど、裏ではえげつない人物なんだ。これは…ある筋から聞いた話なんだけど…彼は、いわゆる色んな際どいものを扱っていた。薬物なんかじゃない、女子高生の下着とか、猥褻な写真とかさ、そんなもの諸々。話をすればきりがない。おそらくだけどその中に…未希ちゃんもさ…あった。違う?」

 モモチがちっと吐き出して言った。

「そうだよ、アイツ。こともあろうにこの学園に設備の仕事で入り込んだらさ、彼女に纏わりついたんだ。この僕の女神(ミューズ)にだ!」

「未希ちゃんが女神(ミューズ)だって?」

 コバやんが笑う。笑うとモモチが押し殺していた感情をむき出しにする。

「小林さん。何がおかしい?彼女は正にそうさ、僕にとってはね。すべての芸術活動の美の中心、まさにプラトンも言っていた『エロス』さ。…にもかかわらず、あいつ、ゴエモンの野郎。スカートの下から写真とか撮りやがって…」

「ああ、そうか。全く彼は犯罪者だね。しかしそれがいけなかった訳だ、君にとっては。そして…君は自らの『(SHINOBI)』を上手に使い、九名鎮を辞退させ、ゴエモンを消そうとした。それも田中イオリ…君にとっては曾祖母だけど、彼女の存在を上手く使ってね」

 コバやんはそこで再び拍手をした。

 それはこの部屋に入ってきて、演奏を聴き終えた時のように。

壁画(グラフティ)のことも含めて事件の細部については細かな補足が必要だろうけど、これが君の描いたシナリオだね。正に見事な演劇だよ。素晴らしい才能に溢れたシナリオやね。音楽科より文学的才能に君は溢れている」

 拍手が鳴り響く。

 も一度、問う。

 この拍手は誰のためにあるのか。


 それは演奏者へか。

 それとも…、

 何かを創り出した者への『憐み』にか。


「で、どうするんです。この僕を?」

 モモチがコバやんを見る。

「どうもしないよ。これは『秘密』にすべきことだから」

 不思議な間があって驚くモモチが言う。

「…『秘密』、そんな事できるもんか。小林さん。あなたはこのことを漏らすつもりでしょ。友人を巻き込んだ僕をほったらかしするつもりなんかないはずだ。特に幼馴染の西条未希にまとわりついた人物として」

「ああ、それはゴエモンに背負ってもらうよ」

 その瞬間、正にモモチの顏には大きなクエスチョンが浮かんだ。

「…どういう事です?」

「つまり、僕は誰も売らないという事さ」

「そんな事、できるもんか!!」

「出来るんだよね。だって君はこれから僕と最大の共犯者になる」

「えっ…!!」

 言うとコバやんは今度はポケットから一枚の紙を出した。それは丁寧に折りたたまれていたが、コバやんの指で押し広げられ、やがてモモチの面前に出された。その紙を凝視するモモチ。その表情が動いたのと同時に声が出た。

「これは…五線譜」

 それがどうした?という表情でコバやんを見た。

「モモチ君、いや神代君。君は――『イカヅチ』と言ったよね。それ本当は無いんだろう?違う?」

 ニヤリとするコバやんに言葉が詰まりそうになりながらモモチ、――いや神代は言った。

「…そうさ、あれは適当。何となくで決めたものさ。そんなものなんてないし、あの神社では全くのあてずっぽうであなたを困らせる為に無意識で言ったんだ」

「だろうね」

 言ってからコバやんが立ち上がる。

「じゃ、今から僕と一緒に田中イオリが日記に書いた――やがて此処に眠る『神の雷鳴』――つまり本当の『イカズチ』を見に行こう。そしてそれは結果として君達が描いたアート、壁画(グラフティ)の側に埋めてあったのだから何という奇跡だろう。さぁ、行こう、僕と一緒に学校の裏山へ僕と一緒に学校の裏山へ

「えっ…!!」

 コバやんの言葉を聞いた時、神代護は頭から全身に雷鳴を受けたような衝撃を感じた。









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