カエルのレストラン【カエル美少女とツンデレ少年】
「あーあ、だーれもこねーなー」
少年はテーブルにベトーっと頬をつけている。ここは昼はレストラン、夜はバーのここら辺ではありふれた店。名前は『めまぐるしい亭』。店主兼料理長の少年の父親が付けた名前だ。10席ほどあるテーブルにはお客さんは居ない。完全に名前負けしている。
少年の名前はカイン。父親と2人でこの店を切り盛りしている。父親の名前はボン。引退した冒険者で、稼いだお金でこの店を居抜きで買い取った。前も同様な店だったけど、店主が引退したので売りに出されていた。
「あーあ、だれかこねーかなー」
少年のは立ち上がるとドアを開ける。
「ケロケロッ」
ドアの隙間からピョンピョンとカエルが入ってくる。大きい。ウシガエルだ。
「いらっしゃいませー。好きな席に座りな。って今日の初めて客がカエルかよ。ここではハエは扱ってねーぜ」
そう言うとカインはしゃがんでカエルを掴み上げる。
「なかなかいい体してんな。カエルの足って唐揚げにしたらうめーんだよな」
カインはカエルの顔をじっと見る。
「うわっ、食べないで、食べないで! お願い。僕はいいカエルだよ」
カエルが口をパクパクしながら言葉を紡ぐ。
「えっ」
カインは咄嗟にカエルを放す。
「かっ、カエルが喋ったー!」
カインの絶叫が響き渡る。
「どうした! カイン」
厨房から禿頭の大男が出てくる。ボン。カインの父親だ。
「親父! カエル、カエルが喋った!」
「んな訳ねーだろ。それにしても美味そうなカエルだな」
親子で考える事が一緒だ。カエルはピョンピョン跳ねるけど、なんか鈍くさい。ボンが近づき簡単にカエルを捕まえる。捕まったカエルがボンに向かって手を合わせる
「お願いです。食べないで下さい。なんでもしますから」
「うげっ! カエルが、カエルが喋りやがった!」
動揺しながらもボンはカエルを離さない。
「親父、もしかして魔物か?」
「いや、こんなカスみてーによえぇ魔物なんざいねー」
「お願いです。話だけでも聞いて下さい」
「話すカエルか。こりゃ高く売れそうだな。良いだろう。話だけなら聞いてやるよ」
ボンはカエルをテーブルに置く。そして、カエルは話し始めた。
内容を要約すると、カエルの名前はアキラ。こことは違う世界からの転生者だそうだ。カインもボンも眉唾ものだと思ったが、面白そうな話なので大人しく話を聞く。アキラは身分が高い家に生まれたけど、跡目争いに巻き込まれて邪悪な魔法使いと戦いなんとか退けたけど、呪いでカエルにされてしまったそうだ。
「ほう、そうか、お前、身分がある方なのか。じゃ売るか」
カインはむんずとカエルを掴む。
「お前、僕の話を聞いてただろ。なんでそうなる?」
「そんな話、おとぎ話じゃあるまいし信じる訳ねーだろ」
「んー、そうだね。そうだ。僕を売るより、僕が頭を使って君たちにアドバイスした方が、より儲かると思うよ。この店儲かってないだろ。僕だったら、ここを繁盛店にする事が出来るよ」
「えっ、本当かっ!」
ボンが食いついてくる。
「んー。見るからにここは赤字だよね。一ヶ月。一ヶ月あれば、まずは黒字に出来るよ。一ヶ月でお店を黒字に出来なかったら好きにしていいから」
「ほう、一ヶ月で黒字か。大きく出たな。俺たちの店を舐めんなよ! そう簡単に黒字になってたまるか! 一ヶ月後にはお前はから揚げ決定だな」
ゴツン!
ボンの鉄拳がカインの頭に刺さる。
「コラ! カイン! 俺の店を馬鹿にすんな! たまたま客が入んねーだけで、客が入ると儲かるんだよ!」
「ちょっと待ったー! 客じゃなくてお客様! ご主人がそんなんだと、だーれもお店に来ませんよ。まずは言葉使いからですね。僕は命を懸けてるから、あなた方には僕が言う事を徹底してもらいます。いいですね!」
「おう、わかったよ」
「なんで、俺がカエルの言う事なんか聞かないといけないんだよ」
「カイン、コイツの目は本気だ。魔物を目の前にしても諦めない男の目だ。男は男の約束を違えないもんだ。いいだろう。一ヶ月、一ヶ月オメーの言いなりになってやるよ」
「親父っ! 本気かよ」
「本気も、本気、大本気だ。カイン、お前も腹ぁくくれ」
カインはカエルの目を見る。つぶらなカエルの目だ。どこが男の目なのか分からないが、親父は言い始めたら終わらない。
「わーったよ。やりゃいいんだろ」
かくして、カエルをコンサルタントとして『目まぐるしい亭』は新たなスタートを切った。
「おう、オッサン好きなとこに座んな」
店に入って来た客に座ったまま、あごで指示するカイン。客はムッとした顔で踵を返し出て行く。
「ちょっと待ったー! あんた何回言えば分かるの。『いらっしゃいませーお客様』でしょ!」
「うっせーな。カエル。そんなカマ臭えー言葉使えるかよ」
1週間たってもカインの態度は変わらない。親父のボンはアキラの言う事には文句を言っても従うようになったのに。
「何回も言うでしょ。お店にお客様が入ったときの第一印象が大事だって。入ったときに笑顔で挨拶されるといい店って思って貰えるんだよ。そうねー、あんた好きな女の子とか居ないの? 女の子好きになるときって一番最初の印象が大きいでしょ?」
残念ながら、カインはマザコン。亡くなった母の事を思い初恋はまだだったりする。
「そんなの知らねーよ」
今日も『目まぐるしい亭』は閑古鳥だ。
「今から水浴びするから入るなよ。絶対に入るなよ!」
日も沈み店はボウズで終わり、アキラは倉庫にカインにお湯が入ったタライを持ってこさせる。いつもはタライだけなのに、今日はタオル二枚も持ってこさせている。鈍いカインはそんな些細な違いは気にしない。
「誰が入るかよ。カエルの行水なんか、微塵も興味ないわ」
カインは部屋を出る。そしてリビングに戻るが、今日はやたら暗い。新月だからだ。新月には呪いや魔法の幾つかは効果が弱くなると言う事をカインは知らない。
「新月か。倉庫暗すぎるだろ。灯りもってったるか」
入るなと言われた事などもう忘れて、カインはランタン手に倉庫に向かう。
「おい、入るぞ」
「きゃああああああーーーっ! おまえ、入るな行っただろ」
倉庫には濡れたタオルで前を隠して膝立ちの少女。知らない人がいたら普通は騒ぐが、カインは見とれて動けなくなった。腰まで伸びる銀の髪、あり得ないくらいに整った顔にクリッとした大きな目、背は低めだが胸は大きい。カインのランタンでそのあられも無い姿が照らされる。カインのドストライクだった。声がアキラなので、カインは疑問を口にする。
「おまえ、か、カエルか?」
「そうだよ。後ろ向け」
「ああ」
カインは顔が熱くなり、鼓動が早くなるのを感じながら後ろを向く。
「おまえ、女だったのか?」
「悪いか?」
「悪くないけど、何で人間?」
「だから言っただろ。人間だって今日は新月。今日だけ戻れるんだ」
「そうか」
それだけ言うとカインは駆け出す。
(なんだ。ありゃ、き、綺麗だった。凄ぇ、第一印象って大事だな。俺、俺は……)
「いらっしゃいませーお客様」
満面の笑顔で客を出迎えるカイン。そして、席にエスコートして注文を取る。
「おい、どうたんだ。いい感じじゃないか」
「おう、第一印象だろ」
カインは気付いてないが、完全にアキラにノックアウトされたのであった。
「アキラ、おめー凄ぇーなー」
アキラが来てから一ヶ月。なんと今月は店始まって以来始めての黒字だ。
「当たり前の事を当たり前にしたら、お店ってお客様が来るもんだよ」
「それで、アキラ、これからどうするんだ?」
「どっかでお金稼いで呪いを解かないとね」
「じゃ、ここにいろ。俺と親父で稼いでやるよ」
「めっちゃめちゃ高い金額だよ?」
「気にすんな。おめーが居なかったら店たたんでるよ」
ボン親父がニカッと笑う。
「おまえが知恵出してくれたら、もっともっと稼げるんだろ」
「じゃ、しばらく厄介になろっかな。もっと大変になるけどよろしく!」
そして『目まぐるしい亭』は目まぐるしさへの一歩を踏み出した。けど、その名前は喋るカエルがいる『カエルのレストラン』で広まったのであった。
読んでいただきありがとうございます。
みやびからのお願いです。「面白かった」「続きが気になる」などと思っていただけたら、広告の下の☆☆☆☆☆の評価や、ブックマークの登録をお願いします。
とっても執筆の励みになりますので、よろしくお願いします。