廻るセピアの三月
道端に咲く名の知らぬ花たちは寝惚け眼で、まだ寝ていたいのに、とでも言いたげでとてもやる気の無さそうに、それでも春の役割を果たすため桃色や黄色や赤色に路頭を飾る。
ガラスの奥、テナントの中で鮮やかな色が目立つ。イヤホンをして中に入るとワンピースやカーディガンなどの洋服達、その隙間にはハットやネックレスなどのアクセサリーが無駄を余す所なく陳列されている。どれも色彩が道端で見た花に似ている。
ダウンや厚手のセーターなどは店内の一番奥に追いやられて、値札に赤い数字の印字されたシールが上貼りされている。お役御免というわけだ。
商品として命を与えられ、数字をつけられた挙句の果て不要になったら値下げされることを突き付けられる人生は酷だな、と思う。
僕はいくらだろう。定価はどのくらいで、今は何割引の心を抱えているのだろう。
卒業の季節は学生時代を思い出す。
そういえばあの頃の僕は値札を付けられていたな。
景色は日々目眩くビビットに塗られていく。
一方で僕の心は未だセピア色で、なんだか世界に置いて行かれたような気分になる。別に追いつこうとも思わない。
空は一年通して青でいてくれるので優しいなと思う。たまに灰色になったり、水を被せて僕を困らせたりするけれど、君なら許せる。
春が終われば雨の日が増えてくる。やがて夏が来て、冬になって、また三月が来る。
僕は小さく僕を卒業する。
あの曲をもう聴かなくなったんだぜ。聴かなくても、何とかやっていけるようになっちまったよ。
僕の中にもたまには花が咲いたりして、だけどそれもいずれ枯らす。不思議なもので心の世界ではなぜか雨が降ると花が枯れる。おかしな話だな。
その花は二度と戻ってこないけど、木にはまた花が咲く。雨が降る。枯らす。何度も、何度も、廻る。
なあ、先生、教えて。僕の人生は何点ですか?