後編
森の木々を分け入って、遺跡の目前まで辿り着いた時。
砦の中から、騒々しい物音が聞こえてきた。
「フドゥ隊長……」
「気にするな。偵察プランから陽動プランに変更するだけだ。これもわしたちの任務のうちだ! 行くぞ!」
部下たちの奮起を促して、フドゥも砦に突入する。
砦の玄関口は人間の背丈よりも高いところに設置されており、飛翔魔法の使えない――魔法は初歩的な攻撃魔法だけの――彼らは少し苦労したが、自力でよじ登ることで克服した。
外から見れば大きな岩山だが、中は快適な住環境に作り替えられているようだ。広い通路があり、その両側に大きな部屋もあった。
しかし今は、そうした通路にも、通路から見える範囲の室内にも、おびただしい数の死体が転がっている。しかも、見たことがないような魔物の死骸だ。
「これが、あの男の言っていた魔族……」
「あの男の言葉は忘れろ。これはモンスターだ。『夏の夜』が育て上げた、新種のモンスターだ」
ここでもフドゥは、自分でも信じていない言葉を部下たちにかけていく。
そうして砦の中を進んでいくと……。
「やられはせん! やられはせんぞ! 『夏の夜』は不滅だ!」
たまに出くわす生者は、魔物ではなく人間たち。全て『夏の夜』のメンバーであり、怯え切った表情と態度で、捨て鉢になって向かってくる。
「武器を捨てろ! 抵抗するならば斬る!」
フドゥは、騎士として一応の降伏勧告を口にしながら、あっさりと返り討ちにするのだった。
後続の本隊が来るまでには、全ての殺戮が終わっていた。
あの青い肌の男は、魔物だけを処分したらしい。『夏の夜』は一人も手にかけていなかったが、それでもフドゥたちには十分だった。
砦に残っていた『夏の夜』メンバーは、魔物が一方的にやられるのを見て、既にまともに戦える精神状態ではなかったのだろう。そんな有様なのに、フドゥたち王都守護騎士の顔を見ると、条件反射で戦ってしまい……。
わずか4人の先行チームに、各個撃破されてしまったのだ。
フドゥ小隊は「大手柄をあげた!」という扱いになった。
一応「謎の乱入者が強力な魔物を始末してくれた」という事実は報告したが、魔族云々の話は、報告書には一切記載しなかった。あの男を見て最初に思ったように「北のアシュラン共和国か東のブロンケ連邦あたりの密偵ではないか」と匂わせるに留めた。
冷静になって考えると、砦に転がっていた死骸は、どう見ても通常のモンスターではない。男が言っていた通り魔族だったのだろう。
「青い肌の男は魔族。裏切り者の魔族を始末しにきた魔族。人間である『夏の夜』と手を組んだことが、魔族にとって『裏切り』に相当するのだとしたら……」
フドゥは、ふと考えてしまう。
結果的にフドゥたちは、青い肌の魔族に助けられたのだ。ならば、青い肌の魔族もフドゥたち人間と共闘したことになるのではないか? それは魔族の価値観的には『裏切り』になるのではないか?
「ふむ。あくまでも『結果的に』であって『お前たちを助けるつもりじゃないからな!』という感じだから許されるのだろうか?」
そう呟いたフドゥは、自分の口から出た言葉を耳にして、思わず苦笑してしまう。
『お前たちを助けるつもりじゃないからな!』というのは、まるで絵草子に出てくるツンデレキャラみたいではないか、と。
(「魔族ツンデレ ―― vs『夏の夜』編――」完)