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【完結】本当に悪いのは、誰?  作者: ころぽっくる
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取るべき道 2

『今日はもう帰ろう。あまりに遅くなっては、伯爵に申し訳が立たない』


そう言って、今はシャンダウス家に向かう幌馬車の中。


結局、パトリックもローザリンデも、互いの問いに答えることはなかった。

言外に同じことを考えていたとしても、はっきりと言葉にしてしまうのを、どちらも躊躇った。


細い階段を上がり、またパトリックが内側から何かを指で描いて扉の鍵が開く。

入る時、内側に開いたはずの扉は、今度は外側に開いた。

神力とは違う不思議なからくり。

初代教皇は、もしかすると魔法も使えたのかもしれないと、ローザリンデはぼんやりと思った。


あの部屋にそれなりの時間、滞在していたと思ったのに、外はまだ藍色の暮れかけの宵の空。


自分自身、パトリックの神力によって時をさかのぼった身なのに、そんなことが不思議だと感じる。


馬車に乗り込んでから、パトリックは一言も口をきかない。

そんな幼馴染に、ローザリンデも何を話しかけるべきか分からなかった。


馬車は、心地良いスプリングが跳ねるリズムを刻み、あっという間にシャンダウス伯爵家に到着する。


そして、まるで使命のように自分が先に降りると、パトリックはローザリンデのためにその手を差し出した。


毎度、ヘンドリックや他の下僕が、馬車の扉の脇に控えているのだが。


「パトリック、ありがとう」


ローザリンデは、二人の間に沈殿する(おり)をかき混ぜるべく、親愛を込めた眼差しで感謝の言葉を口する。

すると、パトリックもやっと唇の端を少し上げ、「どういたしまして」、と答えた。


その返事に勇気をもらうように、屋敷の中のお茶に誘えば、少し考えた後、その首を横に緩く振られてしまう。

つい、無防備にがっかりした顔をしてしまったのだろう。

パトリックはエスコートしている手を捧げ持ち、そこに触れるか触れないかの口づけをして、言った。


「明後日、ローザリンデがぼくの誕生日を祝いに来てくれるのを楽しみにしている。今度こそ、朝食を食べたらすぐに迎えに行くから、待っていてね」


シャンダウス家の馬車寄せのオイルランプが、柔らかく微笑むパトリックの顔をぼんやりと照らしだす。

それに向けて、ローザリンデはしっかりとうなずいた。


「待っているわ」


言葉はそれしか出なかったけれど、パトリックは満足気に笑顔を見せると、再び幌馬車にひらりと乗り込む。


「では、伯爵にもよろしく」


あざみに長剣の紋の幌馬車が、シャンダウス家のプロムナードを大門に向けて動き出す。

見えていないと知っていても、ローザリンデはずっと手を振り続けた。


そして、馬車が門から通りに出た頃、エントランスの扉がけたたましく開かれる。


「パ…パトリック様は!!!」


驚いて振り向けば、深緑色のビロードのドレスを身に着けたラーラが小走りにこちらに駆けて来た。

夜会用の、この豪華なドレスで走るのは、相当動き辛いだろうにと思ったところで、何かにつまづいたのかバランスを崩す。


「きゃあー!!」


慌てて手を差し出せば、ローザリンデよりも先に、寸でのところでヘンドリックがラーラを抱えるように支えていた。


「ラーラ大丈夫?」

「お嬢様、お怪我は?!」


ローザリンデとヘンドリックの声が重なり、馬車寄せに響く。

ラーラは呆然として、しかし自分がヘンドリックに抱きかかけられるような体勢になっていることに気が付くと、助けてくれた下僕の手をばしりと叩いた。


「は…放しなさい!使用人の分際で、わたしに触るだなんて!!」


ラーラ母娘のそんな物言いには馴れっこなのだろう。ヘンドリックは「申し訳ございません」と、平たい声で返事をして、それでもラーラが再び倒れないように気を遣いながらその手を離した。


しかし、それに礼も言わず、ふんと鼻を鳴らしたラーラの肩が、ピシリと扇で打擲される。

音のわりに痛くはないはずだが、それでも大げさな「痛い!」という声が上がった。

そして、その扇の主を仰ぎ見る。


「お義姉様!」


扇を手に、見下ろしているのはローザリンデ。


「ラーラ。ヘンドリックに何か言うべきことがあるのではない?」


冷たい声音の義姉に、ラーラは一瞬怯んだものの、ここ数日従順だったのが嘘のように嚙みついた。


「そんなことより!どうしてパトリック様を馬車寄せで帰してしまうの?!」


その言葉で合点が行った。


きっとラーラは、義姉を送って来るであろうパトリックに会えると踏んで、夜会用の豪奢なドレスに着替え、ずっとエントランスで待っていたのだ。

なのに、今か今かと扉の内側から様子をうかがっていたのに、公爵家の馬車がそのまま出立してしまったものだから、慌てて飛び出しこの事態に。

ヘンドリックへの態度は、完全に八つ当たりに違いない。


「そんなこと?いいえ。これは『そんなこと』ではないわ。それならば、もしここにパトリックがいたとして、あなたはヘンドリックに同じ態度を取るかしら?」


そう言われて、ラーラはぐっと言葉に詰まった。

それでも、ヘンドリックをちらりと見るだけで、謝罪の言葉も感謝の言葉も出てこない。

ローザリンデはため息をついた。


ここで無理に言わせたとしても、ヘンドリックにいらぬ恨みを持っては困りものだと考える。


「何も返事が無いのが答えのようね…。ヘンドリック、ありがとう。扉を開けてもらえるかしら?馬車寄せでするような話ではないわ」


そう言うと、ドレスの裾をさばき、ローザリンデはエントランスホールに入る。

その後ろを、ラーラのことを思い出し、今にもパトリックが戻って来るのではないかと、後ろを何度も振り向きながら、ラーラがついて行った。



読んで下さり、ありがとうございます。

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