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【完結】本当に悪いのは、誰?  作者: ころぽっくる
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ラーラの婚約 1

ローザリンデが、王立公園でパトリックと芝生の上でサンドイッチを頬張っている頃、シャンダウス伯爵家の応接室では、この家のもう一人の令嬢であるラーラが、ふた月前に婚約したばかりのゲオルグ・ザン・カスペラクスを前に、うっとりとその姿を見つめていた。


出迎えた際に、何度も繰り返し練習した時候の挨拶をラーラが述べ、その後お決まりの互いの体調を気遣うやり取りをした以外、正直会話が弾んでいるとは言えない。


ゲオルグは騎士然としたすらりとした長身に、漆黒の艶やかな巻き毛。凛々しい眉の下には、深い森を思わせるダークグリーンの透度の低い(まなこ)が、切れ長の瞳を一層鋭い印象にさせていた。

その所作が洗練されているのは、さすがカスペラクス侯爵家の人間だと、シャンダウス伯爵は感嘆の声を漏らしたが、それよりも騎士としての身のこなしが、それをさらに格の高いものへと印象付けていた。


権勢を誇る家門の出自に、近衛騎士と言われても通るような精悍で整った容姿。それにもかかわらず、遊び相手には困ることのない騎士の中にあって、浮いた噂の一つもないゲオルグは、王都中の独身女性貴族が、伝手を頼んでも言葉を交わしたい男性として、間違いなく社交シーズンの噂の中心の一人だ。


そんな、あまたの令嬢がその横に並び立つことを夢見ているような青年が、たった一度踊っただけで、すぐさま求婚してくれたと言う事実に、ラーラが婚約からふた月経った今も夢見心地なのは、仕方のないことだった。


ラーラは、母譲りの白金色のふわりとした金の髪を、代々伯爵家に伝わる豪奢な髪飾りでくるりとまとめ、婚約の時からその色しか着たくないと宣言した通り、緑と黒を基調とした真新しいデイドレスをまとっている。青い瞳には濃い緑が目立つドレスはあまり似合っていなかったが、そんなことは気にしていなかった。


そして、伯爵夫人も、婚約者の色をまといたいと言ったラーラの願いを諾々と受け入れ、ドレスメーカーで夜会服からデイドレスまで、何着もオーダーをしている。


ラーラの今日の話題はその新しいドレスのことのようだ。


「最初、マダム・エルゼは新緑色でドレスを作ろうとしたんですよ!でもね、ゲオルグ様の瞳は、もっと深い緑なんですって言って、全部その色に変えてもらったんです」

「そうですか」

「今日のデイドレスや先日着ていたものは、特別料金を払って早く仕上げさせたんです!でもね、夜会服はどうしても時間がかかるんですって。ビロードを使った、とっても素敵なドレスなんですよ!早くそれを着て、ゲオルグ様と夜会に行きたいです」

「そうですね」


ビロードはとても高価な生地だと、男のゲオルグでも知っている。

そんなラーラの話を聞きながら、愛だの恋だの大人の関係だの、そんなものにはほとんど関心のないゲオルグは、それでもこの婚約者の容姿を愛らしいとは思っていた。


しかし、この愛らしい婚約者と、懇親の時間を取れば取るほど、ゲオルグの中ではこの婚約への疑念が日々増し始めていた。


ゲオルグにとって結婚とは、何の大きな意義も持たないにもかかわらず、人生での必須項目と定められた面倒事だ。頭の中は、日々国境の紛争地帯や、諸外国の動静、身近な諜報活動への警戒などで占められており、正直それ以外に割く時間が惜しいと思っている。


しかし、だからと言って、結婚相手は誰でも良いと考えていたわけではない。


軍閥として名の知れた家門であるカスペラクス侯爵家は、王都では騎士団を束ね、国王より賜った国境付近の関所を含む所領では、国境線の防衛も担っている。

ゆえに、一族が負う責任は重く、家族間での愛情は勿論あるが、それ以上に己の責務の遂行を求められる厳しい家風であった。


その結果ゲオルグは、いつしか結婚相手には、その家風に負けぬ、若くして苦労を重ねたような女性を望むようになっていたのである。


幸い両親は、次男であるゲオルグには、結婚相手の条件に、血統の高貴さを求めていなかった。

将来のカスペラクス侯爵である兄は、南方の商業都市を領地に持つ、ダンダステン伯爵の長女を昨年娶った。努力して王立学院を優秀な成績で卒業までした女性で、家門も資質も申し分ない。


しかし、あそこまでの女性を探すのはなかなか難しいだろうし、そこまで手間暇をかける気もなかった。

ましてや、それほどの女性が、次男の自分の求婚に応じてくれるかもわからない。

だからゲオルグは、逆に、自分との結婚で、現在の逆境から抜け出す手助けができるような、若くして苦労をしている女性を伴侶に迎えようと考えたのだ。


そして迎えた今年のデビュタントの大夜会。

ゲオルグは、シャンダウス伯爵家の後妻の連れ子だと、口さがない貴族たちの話題にされていたラーラに、ダンスを申し込んだ。

そんな風に噂されていたラーラを不憫に思って。そして、そんな伯爵の血をひかない連れ子の令嬢は、自分の結婚相手の条件に当てはまるのではないかと考えたのだ。


案の定、ダンスの途中で話を聞いてみれば、姉のデビュタントと重なったことで、自分のドレスの予算が減らされてしまったと悲し気に話し出した。充分華美なものに見えたが、農地改革が上手く行き、税収の増益が報告されているシャンダウス伯爵家なら、もっと手の込んだものが普通なのかもしれないと思いなおす。


なにより女性の装いに関して、自分は門外漢だった。


その他にも、姉は王立学院に通わせてもらったけれど、自分は通わせてもらえなかったこと。()さぬ仲の父である伯爵は、領地にばかりいて王都の屋敷は放ったらかしだが、代わりに王都の屋敷の執務や社交に関する重要な書類は姉が仕切っていて母や自分は関わらせてもらえないこと。生まれたばかりの将来の伯爵である弟の世話や教育も姉ばかりして、自分はたまに遊んであげるぐらいしかさせてもらえないことなどを聞かされた。


広間の隅で、シャペロン(付添い)同席の下少し話しただけだが、その短時間にもさまざまな不当な待遇を受けている話を聞かされ、ゲオルグはラーラの境遇に同情した。

可憐で愛らしいラーラの悲し気な様子も、当然それらの感情を増幅させただろう。


帰り際、たまたま王立学院に通っている知人に出くわし、シャンダウス伯爵家の姉のことを知っているかと尋ねた。ゲオルグは十三の時、王立学院には入らず、最初から士官学校に進んだせいで、ラーラの姉であるシャンダウス家のご令嬢をまったく知らなかった。


知人から返って来たのは、「ああ、あの気の強い令嬢」と言う言葉だった。

優秀生徒にも選ばれるほどの才媛ではあったが、正義感が強くしばしば男子生徒とも衝突した、と。ただ、三年生終了時に中途で退学してしまったとも。


ゲオルグは思った。そんな気の強い有能な女性が正式な伯爵令嬢としている家では、きっとあの儚げなラーラならば日々苦労をしているのだろう、と。

そして、早く結婚相手を決めてしまいたい心が、その思い付きをいともたやすく後押ししてくれた。


そうだ、彼女に求婚し、今の辛い境遇から救い出してあげれば、自分の結婚にも、何らかの意義が見いだせるのではないか、と。


ゲオルグは早速に屋敷に戻り、シャンダウス伯爵にラーラへの求婚の許しを願う手紙を書いた。


しかし、彼はもっと考えるべきだった。

そんな姉のデビュタントが、なぜ虐げられている妹と、同じ時期まで先延ばしにされたのかを。


そして、同じ大夜会に出席しているその姉の姿を、その目で確認するべきだった。

ラーラのドレスの予算を減らしたと言われるドレスが、何の飾りもない、恐らく中古品を素人が何とかサイズ変更をしただけであろう、くすんだ白いドレスであることを。







読んで下さり、ありがとうございます。

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