表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】本当に悪いのは、誰?  作者: ころぽっくる
82/259

三公の役目

トントンと、外から馬車の扉が叩かれ、パトリックは不機嫌さを隠さず「なんだ」と、低い声で答えた。


すると、控えめな声が、


「公爵夫人がエントランスホールでお二人をお待ちです」


と、告げる。


パトリックはふーっと、脱力するようなため息を吐くと「時間切れいうことか」と言って、中から扉を開けた。外にいたのは、夫人付きの執事であるユリアス。


機嫌が悪くともいつもの通り、パトリックは自分が先に降りると、ローザリンデが馬車を降りるのに手を差し出す。

黙って身をゆだねれば、これまたいつもの通り、パトリックはその指をぎゅっと握って、公爵家の壮麗なエントランスホールに多くの使用人に出迎えられながら入って行った。


帽子を脱ぎユリアスに預けると、ホールの真正面の真っ白なソファに座る公爵夫人の元へ、そのまま歩みを進める。


「まあ、仲の良ろしいこと。けれど、あまり長い時間()()()()()()に二人きりでこもるのは、婚約でもしてからになさい」


無事の帰りをねぎらう言葉もなく、公爵夫人は真っ先にパトリックに釘を刺した。

我が息子が『大切な友人』である令嬢を馬車に閉じ込めたことを知っているのだ。


ローザリンデは、指を取られたまま、公爵夫人に膝を折って礼をする。

パトリックは、母親の発言に対して、何の返事もしなかった。


ふと、フィンレーがこう言われたら、即座に『喜んで婚約します』とでも言いそうだと考えてしまい、ローザリンデは慌てて頭の中から追い出す。


「それよりも、チュラコス公爵家の茶会の出席者を知りたくて待っていたのよ」


夫人も、息子の返事など期待していなかったのか、すぐさま本題を切り出した。

しかしその真剣な声音に、前回執務室で見せられた手紙が思い出される。


公爵夫人は、きっとこの国で最も早く、将来この国で起こる内乱を危惧している人物ではないだろうかと、ローザリンデは思った。


何しろ、まだ国王派と王弟派という名称は、単なる議会での派閥の名前。

その行動が過激になるのは、いまはまだ子息と言う立場の若い貴族たちが台頭してきてから。

一度目の北部での紛争が治まった、およそ八年は後。


しかし夫人は、ガッデンハイル家の私的な情報網を持っており、またその内容から想定される未来に敏感だった。


だからこそ気になるのだろう。

今日の茶会の招待客が。


「招待客は、たった四名。ぼくとリンディ、そしてルゴビック子爵とその婚約者。あとはフィンレー殿と従兄妹のご令嬢」


パトリックが、ローザリンデの手を離さずにソファにどさりと座る。

引っ張られて、仕方なくその横に倒れるように腰かけた。


「パトリック。そろそろ指を…」

「いやだね。紅が落ちていた理由を聞いてからだ」


予想もしなかった返事に、そのまま赤面して黙り込んでしまう。

馬車の中で誤魔化せたつもりだったけれど、全然誤魔化せていなかったようだ。

しかし、隠すようなことはなにもない。


公爵夫人は、ぼそぼそと言い合い、じゃれているようにしか見えない二人を一瞥すると、目配せで使用人を下がらせた。


目にするのが自分だけなら、何も気にすることは無い。


そして、今聞いた名前は聞き逃すべき名前ではなかった。


「ルゴビック子爵?ミュクイット辺境伯の?そしてその婚約者なら、マーシャシンク侯爵令嬢ね…。どういうつながり?」


ローザリンデは、パトリックから指を取り返すことは諦めて、夫人の疑問に答えた。


「ルゴビック子爵は、学院でフィンレー様…、チュラコス公爵令息の一番近しいご友人でしたの」


『フィンレー様』と言った時、夫人の目がきらりと光った気がして、ローザリンデは慌てて言いなおす。

そのお陰か、夫人はそれには言及せず、何かを考えるように目を閉じた。

そして問う。


「ミュクイット辺境伯領で、今年、東方の隣国からの難民の流入が見つかったのは知っているかしら?」


知っている、と思った。いや、前の時、後になってから知ることになったと言うべきか。

しかし、今その情報を、王都に住む伯爵令嬢でしかない自分が掴んでいるのは不自然だった。


「いいえ」


ローザリンデは今に相応しい返答をする。

公爵夫人もそれは予想通りだっただろう。

言葉を続けた。


「東方からの違法流入は、国王の北部への兵力集中が招いた結果だと、ミュクイット辺境伯は思っているはずよ」


そうだ。その通りだ。

そうして、東部での紛争で運悪く命を落としたミュクイット辺境伯に代わり、トレバスが爵位を継いだ時、彼は反国王派、つまりは王弟派として活動を始めるのだ。


「チュラコス公爵家は、昔から三公の中でも保守とは最も距離を置く家門。その嫡男と学院時代から将来のミュクイット辺境伯が親しいとは…」


三公は、常に国王の補佐であり、時には苦言を呈するのも役目としている。


序列一位のガッデンハイル家は、神力の強い人物を輩出することから、天と国王をつなぐ役目として、あくまで中立の立場を。


序列二位のチュラコス家は、始祖が魔女の怒りを買ってまでも建国に尽くしたことから、国内の天然資源と物流の権利を与えられ、王家に緊張感をもたらす役目として革新的な立場を。


序列三位のヒューゲルグ家は、建国の王の乳兄弟が始祖の家門として、決して背を向けることない忠義を旨とし、代々国王の代理として外交の要を勤める役目として保守的な立場を。


それは、建国の時から、何百年と変わることなく課せられた三公の使命だった。

しかし、まさかチュラコス家が、革新的な立場とは言え、反国王に舵を切るとは、この時は誰も思っていなかったはず。


今でも、フィンレーを知れば知るほど、そんな未来は信じがたいのだが…。

茶会でも、トレバスの考えを否定していた。


「母上。フィンレー殿なら心配ありません」


突然、パトリックが声を上げる。

夫人がその言葉の理由を促すような目を向けた。


「チュラコス家が、ミュクイット辺境伯と手を結び、反国王の立場を取ることを危惧されているのでしょう?ならばご心配ありません」

「どういうことですか?」


息子の断言に、公爵夫人が問う。


ローザリンデも、パトリックの横顔をじっと見た。

さっき見たフィンレーが、この後王弟派の黒幕となるのは信じがたい。

しかし実際前の時、王弟派の黒幕としてずっとささやかれていたのは間違いなくチュラコス公爵だったのだ。

それを知る身としては、パトリックがここまで断言する根拠も知りたい。


横からの視線に気が付いたのか、パトリックがこちらを見た。


そして、にやりと笑う。


「理由は簡単です」


楽しそうな笑みではなかった。

どこか、自暴自棄な笑みだった。


しかし、そのままパトリックは言葉を続けた。


「それは、リンディがそれを望んでいないからです」

読んで下さり、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ