王弟派 2
茶会は思いのほか和やかに進み、いつしか男性組と女性組に別れ会話に花が咲いていた。
「今度、救護院の慰問に行ってみませんこと?孤児院は令嬢方も時々貴族の義務として顔を出されるけれど、病人やお年寄りが多い救護院は、なかなか人手も寄付も集まらないのです。なので、町の有志の方と共に活動しておりますのよ」
そう言って、表情を曇らせたのはハイネ。
先ほどから、彼女が行っている慈善活動の話がとても興味深く、そう言えばマーシャシンク侯爵家は、現在の教皇を輩出した、国教会ともつながりの深い篤志家であったと思い出す。
カスペラクス家にいた頃は、子飼いの騎士たちやその寡婦、孤児への窮民救済はしていた。加えて、侯爵領の領民への責任はもちろん果たしていたが、マーシャシンク侯爵家のようにあまねく民へ心を配ることはしていなかった。しかしそれ以上に、ハイネたちの、貴族階級以外の階層への距離の近さに驚かされる。
ローザリンデとて、アリステアのようなジェントリ階級や爵位のない傍系の人間とは、分け隔てなく付き合ってきたつもりだ。
しかし、果たしてハイネのように、平民と肩を並べて何かを成すことが出来るだろうか。
そして、アリステアの母のように、公爵令嬢でありながら馬の世話をしている青年と恋に落ちることが出来るのだろうか…。
そう考え始めると、前の時の王権争いを、どうしても思い出さずにはおれない。
これまでの王権を維持し、王侯貴族による権力の独占と民を守る義務の遂行で、侵略を企てる諸外国からこの国を守ろうとした国王派。
王弟の力を強めることで国王に集中する権力を分散させ、開かれた議会制と平民の国政・軍事参加を可能にし、外国へ対抗する国力の増強を主張した王弟派。
後の王弟派となる、平民に寄り添い共に歩もうとするハイネを見て、それにつながる端緒が、すでにこんな他愛のない茶会の席で現れているような気がしてしようがなかった。
王権争いで、どれほどの人間の血が流れただろうか。
それは、争いを引き起こした貴族だけの問題ではなかったはずだ。
あの後、結局ゲオルグが成し遂げた奇跡的な奪還成功によって、結局王弟派は力を失い、その後弾劾されていくのだ。皮肉にも、権利と義務を認めようとした国民の生み出した世論によって。
その中には、このハイネの夫であるトレバス、後のミュクイット辺境伯も含まれていた。
首謀者であった彼は、牢での終身禁固刑が言い渡されていたはず。
ただし、被告者不明の状態で。すでに私刑で亡くなったという人もいれば、秘密裏に外国へ逃亡したと言う人もいた…。
その時、男性陣のテーブルから大きな声が上がった。
「どうしてだフィンレー?!公爵家はいつから国王のしもべとなったのだ!間違ったことをなさるならば、三公が諫めないでどうするのだ!」
トレバスだった。
ハイネが、がたんと席を立つ。
「トレバス?!」
しかし、今にも駆け寄ろうとした婚約者を、トレバスはその手で制した。
「ハイネ、来なくて良い。話の腰を折るな。わたしは、フィンレーの考えを知りたいだけだ」
何かは分からない。しかし、国王に関して何か話していたのは確かだった。
もしかして記憶の通りならば、この冬国王が命じるであろう、北部の国境地帯への二個騎士団の派兵であろうか。そこから始まる、八年もの隣国との紛争。
だが今の段階で、政権の中枢にもいない貴族家の嫡男が、その情報を知っているとも思えなかった。
自然と皆の耳目が、フィンレーに集まる。
未来の王弟派の黒幕となる彼が、どんな答えを返してくるのか、ローザリンデも息を呑んだ。
一瞬、フィンレーの瞳がこちらを見る。
そして、おもむろに口を開いた。
「俺は、さっきも言った通り、国王の国防戦略のすべてが間違いだとは思っていない」
ローザリンデはそれを聞いて、意外だと思った。
まさか、後のチュラコス公爵が、国王の政策を支持するとは。
少なくとも今の段階で、彼自身に現状を否定する考えがないと知って、ローザリンデはひどく動悸が激しくなった。
フィンレーが言葉を続ける。
「諸外国の情勢を見るに、現状維持のままではいつかどこかで、この国は食われてしまうというトレバスの危惧も分かる。だが、国民全てに義務と権利を与えて国力を上げ、それらに対抗するには、俺はこの国の民はまだまだ未成熟だと言っているんだ。そのためには、もっと長期的に教育から考えなければ成しえない」
ローザリンデは目を見開いた。
それは自分にはまったくない発想だった。
建国の頃より存在する古い家門である伯爵家で、祖母より貴族の義務と使命を教え込まれた彼女には、平民や使用人とは、どこまでも庇護する対象でしかない。その彼らを守るために、貴族は様々な義務を負担し、財力と教養を身に着け、家門と血統を守らねばならないのだと。
トレバスが口を開く。
「そんなものを待っていては、この国はどんどん中からも外からも削られて行くぞ!現にこの冬、雪が深いからと北部の国境線を疎かにすれば、どうなるか…」
そこで、初めてパトリックが口を開いた。
「どうなるというのですか?ルゴビック卿。まるで何かを知っているかのような口ぶりではありませんか」
突然言葉尻を捕えて来た少年に、トレバスが一瞬口ごもる。
すかさず、ハイネが我慢できないとばかりに席を立ち、男性たちのテーブルへ駆け寄った。
「トレバス。今日はもう帰りましょう。せっかくご令息がシャンダウス伯爵令嬢を招いたお茶会なのに、このままで議論の場になって終わってしまうわ!」
トレバスは、今度はハイネを止めなかった。
駆け寄る婚約者に肩を抱かれ、じっとテーブルの上の自分の握ったこぶしを見つめる。
しばしそうしていた。
そして、顔を上げると、眉尻を下げた笑顔をフィンレーに向けた。
「すまんフィンレー。ハイネの言う通りだ。今日はもうお暇するよ。ただ、辺境の厳しさは、王都にいる貴族たちには分からないだろう。領内を隈なく見ているお前なら、きっとわたしの気持ちを分かってくれるだろう?」
その言葉に、フィンレーはテーブルの上のトレバスのこぶしに自分の大きな手を重ねて言った。
「分かっている。そして、早く家門の手伝いをしているだけの身から脱して、三公の一翼としての使命を果たすことを誓う」
トレバスはその言葉にうなずくと、さっと立ち上がる。
そして、突然ローザリンデに向き直って大きく腕を広げて礼をした。
「シャンダウス伯爵令嬢、今日は空気を乱してしまい申し訳ない。次に会う時には、終始にこやかにするから、フィンレーの親友として仲良くしてくれ。こいつは本当に良い男だよ。わたしが保証する」
そう言われて、ローザリンデは狼狽える。
フィンレーも同時に慌てだし、それを見たアリステアの笑い声が、また水晶舎に明るい空気を運んだ。
結局、質問には答えてもらえなかったパトリックは、一つため息をつき、トレバスたちを水晶舎の出口まで見送るフィンレーの背中を見送る。
そして、その場に立って彼らを見送るローザリンデに声をかけた。
「フィンレー殿は、様々なことを見聞した上で、しっかりとした見識を持たれているね。男のぼくから見ても、『良い男』だと思うよ」
突然そんなことを言われ、ローザリンデは発言の意図を図り切れずに戸惑い、幼馴染を見下ろす。
諦念のような表情を浮かべたパトリックが、うっすら微笑み自分を見上げていた。
漢字の多い部でしたね。彼らの発言を小難しそうに見せようと一生懸命ですよん。
読んで下さり、ありがとうございます。




