王弟派 1
茶会の席は、チュラコス家自慢の『水晶舎』と名付けられた、大きなガラス張りの温室の中に用意されていた。
中には見たことのない南国の植物が花を咲かせ、華やかな色をまとう小鳥が良い声で鳴いている。
国内だけでなく、海外にも広い交易網と影響力を持つこの家門の権勢と財力を、とても効果的に見せつけるこの建物は、きっと数々の商取引にも使われてきたのだろう。
しかし、今はそこは、品の良いアイボリーのテーブルクロスに、所々に赤を効かせた配色の生花があしらわれ、若い令嬢なら間違いなく目を輝かせるような美しさで飾り立てられていた。
なにより、セッティングされたテーブルの数に、ローザリンデは足を止める。
「二つ?」
それは自分の予想を覆す、あまりにも少ない席数。
先週あったガッデンハイル家の茶会では、広い中庭にいくつものテーブルが用意されていた。
あそこまでの規模ではないと思ってはいたが、まさか、たった二つとは。
しかし、パトリックはそれに気が付いた途端、呆れたようにため息をつきながら口を開いた。
「この茶会は、リンディ、君を招くためだけに開かれたようだよ」
ローザリンデはぎょっとして、もう一度広い水晶宮の真ん中の、たった二つのテーブルを見遣る。
ふと、カスペラクス家の晩餐会で会った、イデリーナの言った言葉を思い出した。
確か彼女は、学院に在学中から、ローザリンデはフィンレーと結ばれるべきだと思っていたと。
もしこの場にイデリーナがいれば、これを見て喜ぶのだろうか。
ゲオルグの義姉という立場であっても…。
そこまで考えて、自分の思考が前と今、ごちゃ混ぜになっていることに気が付いた。
今の自分はゲオルグにとって、単なる婚約者の義姉でしかないというのに、そこにイデリーナが何か思うはずがない。
「こちらへどうぞ」
バカな考えを頭の外に追いやって、下僕に案内されたテーブルに座った。
小さ目の丸テーブルに、椅子が三脚。
パトリックも同じテーブルに案内され、少しほっとする。
それはパトリックも同じなのか、
「ぼくとリンディが同じテーブルとは思わなかったな」
と、言いながら着席する。
「フィンレー殿なら、絶対に引き離すと思っていたんだけど」
言葉のわりに、パトリックがフィンレーに思いのほか気を許しているのを感じるローザリンデは、年相応の表情を見せる幼馴染を見て、クスリと笑った。
自分を招くためだけという言葉は置いておいても、かなり小規模な茶会であることは確かで、心なしか気が緩む。もう一つのテーブルにも、椅子が三脚。
後の四人が誰かを考えれば、不明なのは二名といったところ。
パトリックも同じことを考えていた。
「残りのうちの二席は、フィンレー殿と従兄妹殿。あとの二つが見当がつかないな」
そう話して、結局答えの出ない二人は、仲良く温室の中の珍しい植物を見て回ることにする。
ローザリンデにしても、こんな贅沢な設えの温室を見るのは初めてで、もしかして王立植物園に勝るとも劣らない規模ではないかと思い始めていた。
自然と気持ちが高揚する。
「見てパトリック。この葉っぱ、子猫ならこの上で眠れそうよ!あ!あそこにも小鳥が!尾があんなに長い!」
その時、水晶宮の入口から、低くてよく通る声が聞こえて来た。
「お待たせした。ルゴビック卿と婚約者のマーシャシンク侯爵令嬢もちょうど到着されたから、こちらまでお連れした」
フィンレーだった。
しかし、ローザリンデは、彼が連れて来たあと二名の招待客の名前を聞いて、一気に心がざわついた。
ルゴビック卿と紹介されたのが、前の時、王弟派の中心人物だった、後のミュクイット辺境伯だと分かったからだ。しかも、婚約者がマーシャシンク侯爵家の令嬢と紹介された。
そう言えば、二人とも、学院でも見覚えのある顔。
後にフィンレーが、王権争いに敗れた後、四十になってやっと娶った妻は、マーシャシンク侯爵家の令嬢だったはず。では、この令嬢に年の離れた妹がいて、その子を妻とするのだろうか…?
たった二つしかテーブルが用意されていない茶会に、後の内乱の黒幕であったチュラコス公爵令息と、中心人物であったミュクイット辺境伯がそろった状況に、ローザリンデはまだ今の時点では何も起こっていないにもかかわらず、鼓動が速くなった。
(こんなつながりがあったのね…)
そして、そこにこれから同席するのが、中立の立場であった国教会で枢機卿を勤めていたパトリックに、国王の剣として国王派の先鋒を担うカスペラクス家の人間だったローザリンデ。
あの騒乱の時代を、王弟派の襲撃から家門を守り、夫を戦地に送り出した妻として経験したローザリンデにとって、王弟派の顔とも言うべきミュクイット辺境伯を目の前にして平静でいることは、かなり難しいことだった。
そんなローザリンデの手が、ふっと、温かさに包まれる。
「リンディ。落ち着いて」
前を向いたまま手を握り、パトリックは未来の王弟派の二人からローザリンデを隠すように立ち塞がった。
それだけで、気持ちがうんと楽になる。
不自然な動揺を気取られてはならない。
ローザリンデは、下を向き、大きく息を吸いこむ。
何も考えてはならない。とにかく、落ち着かなくてはならなかった。
「はじめまして。ガッデンハイル公爵家のパトリックと申します。まだ若輩者ではございますが、お見知りおきを」
「…シャンダウス伯爵家のローザリンデと申します。本日はご同席をお許し下さいませ」
わざわざ前に大きく出て、パトリックがあいさつをする。
その陰で、ローザリンデも、不自然にならないくらいにその場で淑女の礼を執り、違和感のないあいさつが出来た。
ほっと息をつく。
「はじめまして。ミュクイット辺境伯家の嫡男で、現在はルゴビック子爵を拝領しております、トレバスと申します。神童と名高いガッデンハイル公爵令息とお会いできて、恐悦至極でございます」
「マーシャシンク侯爵が娘、ハイネと申します。シャンダウス伯爵令嬢とは一度お話してみたいと思っていたの。今日は仲良くしてくださいませね」
二人からも、自然にあいさつされ、ローザリンデはやっと大きく息をついた。
しかし、その中で一人、その表情が自然ではない人物が。
「パトリック殿、一体いつまで手をつないでおられるのだ?まさか、迷子にならぬためではあるまいな?」
フィンレーが一人じっとりと、パトリックとローザリンデのつないだ手を、恨めしそうに見る。
そして、軽口に込められた皮肉に、パトリックが「六歳も年上なのに、余裕がないですね」と返してにやりと笑った。
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