フィンレーの出迎え
チュラコス家のエントランスまでの道は、美しい紅葉の落葉樹の並木道。
その並木は、春には一転、美しい花をつけることでも有名で、前の時、もし王権争いで国王派と王弟派に分かれていなければ、きっとローザリンデもカスペラクス侯爵家の人間として、花見の宴に招かれたことだろう。
しかし、実際には、この女神の門をくぐるのはこれが初めてだった。
「リンディでも緊張するんだ」
からかう声音でパトリックに話しかけられ、一度は逸らした視線を元に戻す。
声の調子通りのその顔に、少しだけ冷静になった。
数日後にやっと十四歳になる幼馴染を相手に、自分は何を考えていたのか。
ここに巻き戻って来た自分のこれまでに、パトリックがそんな風に絡んでくるはずがないのだ。
長いと思った馬車寄せまでの道は、それでもあっという間に終わる。
最小の制動で静かに止まった黒塗りの馬車に向けて、幾人もの下僕が走り寄るのが見えた。
もちろん、これが『ガッデンハイル公爵家』の馬車だと分かってのことだろう。
昨日の勢いからして、もしかしたらエントランスではフィンレーが待ち受けているのではとちらりと思ったが、姿が見えるのは使用人ばかりで、扉の外に公爵家の人間らしき姿はなかった。
乗る時と同じ、いや、ガッデンハイル家の馬車を乗り降りする時には毎度の、パトリックによる丁重なエスコートを受け、ローザリンデはこの国では貴重な、黒御影石が敷き詰められた馬車寄せのポーチに降り立つ。
従者と侍女、そして銀髪の公爵令息にかしずかれて馬車から降り立つ年若い令嬢に、チュラコス家の使用人たちの視線が否が応でも集まる。
そこへ、思わぬ方向から馬で駆けてくる人物が。
「ロージィ!ああ、間に合った!」
それを見て、下僕たちはあからさまに驚いた。
執事と思しき壮年の男性は、ぐっと何かを飲み込んで、顔色以外は変えなかった。
立派な葦毛の馬上の人は、まさしくこのチュラコス公爵家の嫡男、フィンレー。
その登場は、間違いなく皆の度肝を抜いた。
そして、騎馬のままローザリンデたちに駆け寄ると、額の汗もそのままに、ひらりと馬から飛び降りる。
パトリックが冷めた目で見ていた。
しかし、そのぴったりとした乗馬服の懐のふくらみに気付くと、その視線は訝しいものに変わる。
ローザリンデは突然のフィンレーの登場に、一瞬呆気に取られていたが、今日の快晴の空にも負けない笑顔を向けられ、どうにも心臓が落ち着かなくなる。
「すまない。来られる頃までには戻ろうと思っていたのだが、ぎりぎりになってしまった。さあ、中にご案内しよう」
こうなれば、完全にフィンレーの独壇場だった。
そこへ示し合わせたように、屋敷からチュラコス家の傍系、フィンレーの従兄妹に当たる令嬢が現れ出迎える。
気付けば、パトリックはこの令嬢をエスコートせざるを得なくなり、ローザリンデの右手はフィンレーの左の手に、しっかり指を掴まれてしまっているのだった。
チュラコス家のエントランスは、ガッデンハイル家に引けを取らない壮麗さで、ふんだんに使われたアイアンの装飾が、この家門がこの国の鉱石資源を支配していることを示している。
エントランスの吹き抜けはどこまでも高く、一番上の欄干の小ささに気付けば、ふっと足がすくみそうになるほどだった。
そう思った時、奥からきらびやかな一団が現れる。侍女を連れた、チュラコス公爵夫人だった。
公爵夫人は、フィンレーの母だというのがすぐにわかるブルネットの髪で、かなりの長身の女性。
はっきりとした目鼻立ちは、ガッデンハイル公爵夫人とはまた趣の異なる美しい顔立ちだった。
ローザリンデは、さっと淑女の礼を執り、パトリックは腕を広げで膝を曲げる。
それに公爵夫人は鷹揚に構えると、自らも膝を折り、若い二人に礼儀を払った。
成人前でも、序列一位の公爵家の令息であるパトリックに、夫人は丁寧に対応する。
「ガッデンハイル公爵家のパトリックでございます。本日は、お招きいただき感謝いたします」
しかし、そこはあまたの社交の場を踏んでいる公爵夫人。
堅苦しいパトリックの口上には、柔らかくコロコロとした笑い声をあげた。
「ご令息、先日ガッデンハイル公爵家の茶会でお会いしたところではないですか。お楽になさって。シャンダウス伯爵令嬢もね」
そして、未だに汗を浮かべて乗馬服のままの自分の息子に目をやると、その手がしっかりとローザリンデの指を握っているのに一瞬視線を止め、扇で口元を隠して話し出す。
「フィンレー、あなた、そんな恰好のままで、しかも馬を触った後で、ご令嬢の手をいつまでも握っているものじゃありませんよ。さっさと着替えていらっしゃい」
尊敬する上級生が、母親からまるで小さい子どものように扱われるのを見て、ローザリンデはすっかり緊張が解けてしまった。
そして、指摘を受けたフィンレーは、名残惜しそうにその指を離し、「すぐに着替えてくるから」と言って姿を消す。
しかし、パトリックは、そのやり取りを黙って見ていた。
きっと、従兄妹の令嬢の出迎えも、公爵夫人の登場も、すべてフィンレーによる計算ずくの演出だろうと考えながら。もしその中に、計算違いのものがあったとすれば、あの乗馬服のふくらみの中身を手に入れるため、屋敷への帰還がぎりぎりになってしまったことくらいだろう。
もしもそれすら謀の一部なのだとしたら、それはそれでローザリンデへの情熱の在りかに、疑いの可能性を考慮しなければならなくなるのだが。
しかし、なぜかその部分に関しては、嘘偽りなどないだろうことを、パトリックは確信していた。
それは、あの男の前の時を知っているからかもしれない。
ローザリンデが幸せになることが一番の自分の本義だ。
その目的と、表向きの大義がもしかすると深く関わっている。
それを確かめなければ。
そして、それを回避しなければ。
チュラコス家の茶会で、その手掛かりはきっと転がっているはずだった。
気付けば、七十部超えていました。
なんだかこの調子で書いていくと、今年中には全然完結しそうにないので、少しずつ展開早くしなければ~と考えております。
読んで下さり、ありがとうございます。




