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【完結】本当に悪いのは、誰?  作者: ころぽっくる
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晩餐会 1

ぱんぱんぱん。


しんと静まり返った大広間に、手を叩く乾いた音が響く。

一斉に皆がそちらを向いた。


そこには、この軍閥の一族を率いる家門の当主、カスペラクス侯爵が愉快そうな表情を浮かべて手を叩いていた。


「いやあ、実に理のある新説だ。シャンダウス家のご令嬢よ」


血族の長の登場に、場の全員がハッと居住まいを正す。

侯爵が、その様子を一段高いところから睥睨し、ゆっくりと言葉を続けた。


「先代は、あの時の指揮の意図を、わたしにも明かさなかった。ご令嬢の説に沿うとするなら、明かさぬことが、腹心であるインスブルグ団長への信頼だったのかもしれぬ。皆の者。物事はこのように、思わぬ切り口によって全く違う側面を見せるものだ。これもひとつの可能性として、今後も議論されて行くことだろう。そして、重要なのは、それを今後に活かすということ。常にこの国の最前線を護る我が一族は、決してこれを疎かにしてはならぬ」


侯爵が醸し出す威厳と風格が、言葉に含蓄のある重みをもたせる。それだけで、直前まで騒めいていたこの場の空気が、きりりと引き締まった。

ローザリンデは、前の時その死を見送ったかつての義父、カスペラクス侯爵の堂々たる存在感に、心が震えた。


「開会前の余興にするには勿体ないほどの論戦だったな、シャンダウス伯爵令嬢よ。あとで、わたしの卓にも来ておくれ。是非話がしたい」


侯爵は、寛大にも、会ったこともない一介の令嬢の見解をはっきり受け入れて評価してみせた。『ゲオルグの婚約者の義姉』という、吹けば飛ぶような立場が、今掛けられたたった一言で、『侯爵閣下に認められた人物』として、カスペラクス一族内で格付けされたのだ。


途端に、周囲のローザリンデを見る眼差しが変わった。

食って掛かった酔っ払いの男は下を向き、インスブルグ団長の娘とその夫は、こちらを見て一礼した。


なにより、横に座るサイジェスが、顔を紅潮させて話しかけてくる。


「君ってすごいな!!もっと話したいよ!!他の戦いでの見解も、是非聞いてみたい!」


あまりにその声が大きく響いたので、侯爵夫人が場の空気を改めるために、わざわざ声を掛けてきた。


「ほほほ!サイジェス、それは後でね。では、閣下、皆が待ちかねております。開会のお言葉を」


陽気なサイジェスが頬を赤らめ頭をかき、その手に杯を取る。

ローザリンデもそれに倣った。


「うむ。では、カスペラクス一族の団結と正義を確かめ、皆で食事と酒を楽しもう。血族に捧げる!」


侯爵の低く通る声に、わっと大きな歓声が沸いた。

一斉に皆がなみなみとワインが注がれた杯を掲げ、晩餐会が始まった。


乾杯とともに、熱いものから冷たいものまで、一斉に様々な料理がカスペラクス家の下僕たちにより運び込まれて来た。一皿ずつではなく、いっぺんに出すのがこの晩餐会流だ。

天井の高い大広間が、あっという間に食欲を刺激する匂いで満たされる。


しかしローザリンデは、そんな周囲の雰囲気とは程遠い憂鬱な気分で、次々繰り出されるサイジェスからの質問に、貼り付けた笑顔で答えていた。


「へえ!じゃあ、シャンダウス家の蔵書には戦記が結構あるんだね。もしかして、『前バラハンス記』を読んだことは?」

「いえ、それはないわ」

「是非読んでみなよ。伯父上の書庫にはあるから、君ならきっと見せてくれるよ」


頭に血が上ってしでかしてしまったことに、後悔してもし切れていなかった。

ここに来る前、どう考えていたのか。

それは、騒がず目立たず、ラーラの婚約者の地位を固めるための晩餐会にしようと決めていたではないか。


義妹のガッデンハイル公爵家での失態を取り返し、自分に向いているかもしれない侯爵夫人の目を逸らし、ラーラこそゲオルグの婚約者にふさわしいという評価を得るための今日という日だったのに。


それを、自分でぶち壊してしまった。


ゲオルグをやり込め、挙句悪目立ちし、たった一瞬でカスペラクス家門の人々に自らを認知させてしまうなんて。今後関りを持ちたくないと思っている人間のすることではない。


(自分で自分の愚かさに腹が立つ…)


ゲオルグの態度に過剰に反応したのは、結局自分にとって彼が特別な存在だからなのか…。


出来ればこの場からどこかに消えてしまいたい…。

そう思った時、向かいの席で、わっと声がした。


ラーラが、ワインの杯を倒してしまったのだ。


ローザリンデはすぐさま立ち上がると、壁際に控えている下僕に手を上げ合図を送る。

そして、泣き出しそうなラーラに、殊更ゆっくりとした口調で優しく話しかけた。


「ラーラ。大丈夫よ。落ち着いて、今すぐナプキンにドレスのワインをしみ込ませなさい。そして、控えの間にいるパトロラネ夫人のところに、一緒に行きましょう」


大きな青い瞳いっぱいに、みるみる涙が盛り上がって来た。

しかし、ローザリンデが気遣わし気に首を横に振ると、ぐっと唇をかんで我慢する。そして、健気にも涙をこぼすことなく、ナプキンを取りドレスに押し当てた。


すかさずゲオルグが、飛んできた下僕にテーブルを覆うワインの始末を指示して、自分のナプキンも差し出す。最初からそんな態度なら、わたしだって…と、他人のせいにする自分に呆れた。


「サイジェス様、お話の途中でごめんなさい。義妹と控えの間に行って参ります」


この機会を逃してはならないと、ローザリンデは席を立った。

サイジェスが、ラーラを心配そうに見る。


「ああ、可哀想に。ワインをこぼしてしまったことは気にするなと言ってあげて。もう少ししたら、皆酒が入って、あちこちであんなシミ見られるようになるからって」


婚約者でもないのに、何て気遣いだろうか。ゲオルグなどよりよほど人間が出来ていると、陽気な従兄弟に軽く腰を落として礼をした。


「ラーラ、立ち上がることは出来て?」


そばに行ってそう言うと、子どものような義妹は「お義姉様~」と情けない声を出して、ローザリンデの腕にすがりついてきた。

その様子を、ゲオルグが、何か言いたそうに見ている。


「では、少し中座させていただきますわ。皆さま、しばらく失礼いたします」


それには気付かないふりで、ローザリンデはラーラを連れて大広間を出た。

案内の者を頼まずとも、控えの間の場所なら分かっている。

しかし、そこで後ろから声が掛けられた。


「ローザリンデ様!お待ちになって!」


イデリーナだった。

読んで下さり、ありがとうございます。

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