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【完結】本当に悪いのは、誰?  作者: ころぽっくる
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ゲオルグとの再会 1

そのあまりの鋭さに、ひやりと、肝が冷えた。


カスペラクス家特有の、懐に入れた者にはとことん篤く、そうでないものへの徹底した冷たさ。

それを、肌で感じる。


今のゲオルグにとって、懐に入れているのは婚約者であるラーラ。

逆に自分は、赤の他人どころか、ゲオルグの中では、懐のラーラを虐げる横暴な義姉なのだ。


前の時は一度も向けられることのなかったその冷たい眼差しに、ああ、たったこの四日で、前とは随分変わったのだと、冷静に考える自分に気が付く。さっきまでマスタードイエローのドレスを突き破る勢いで跳ねていた心臓は、いつしかシンと鎮まり返り、冷え切っていた指先が、さらに氷のように、すっと消えてなくなる錯覚に陥った。


一瞬絡まった視線は、しかし、ゲオルグによって断ち切られる。


「こっちだ」


そう言いながらひらりと身を翻すと、扉が無造作に閉められた。そして、馬車が一気に傾ぐ。御者台に、ゲオルグが飛び乗ったのだろう。ゆっくりと馬車は馬車寄せまでのプロムナードから外れ、外壁に沿って奥に向かう。


「もう!ゲオルグ様ったら!わたしの今日の装いに、何にも言って下さらなかったわ!」


今はラーラの空気を読まない発言が、かえって有難い。

パトロラネ夫人が、その言葉が外のゲオルグに聞こえるのではないかと気遣い、「ラーラ様!」と声をかけるのすら、どこか遠いところでのやり取りのように聞こえた。


前の時、初めてゲオルグを見たのは、シャンダウス家の裏庭のコンサバトリー(温室)

そして、初めて視線を交わしたのは、その日の夜のエントランスホール。


(あの時わたしは、着るものが無く、メイド服を着ていた…)


しかし、ゲオルグは、一目でそのメイドが『シャンダウスのヘーゼル』の瞳の持ち主だと気づき、たちまちにその顔に憐れみの表情を浮かべた。

そして、別れ際にはそこに何かの熱まで湛えていたけれど…。


今の自分は、見るからに上質なドレスを身に着け、シャンダウスの紋をつけた馬車の御者は、自分の婚約者であるラーラではなく、ローザリンデに指示を仰いだ。


(それはそれは、ラーラが婚約者に話していた通りの、王都屋敷の実権を義母から奪い、義理母娘を虐げる女に見えたでしょうね)


愛する婚約者を害する女。

ゲオルグの内側に、つま先すらも入ることのない女。


それこそ自分の望み通りではないか。

前の時のように、憐憫の情を差し向けられて、それを愛だと錯覚してしまうこともないだろう。

子どもが出来ることが無ければ、責任を果たすための結婚をする必要もない。

そして、それをきっかけに、カスペラクス侯爵家が剛腕を揮うこともないのだ。


喜ぶべきだった。


これで、ずっと後悔し続けて来た二十年が、今度こそ悔いないものになるのだ。


だけど、どうだろう。

この心の痛みは。


そう。心のどこかでローザリンデは思っていたのだ。

今度もゲオルグは自分に、熱い感情で溢れかえる眼差しを向けてくれるのではないかと。

そして、それを拒んでこそ、自分がまき戻った意味があるのだと。


しかし、その傲慢な考えは間違いだった。


パトリックに背中を押されて、シャンダウス家で反撃を開始したローザリンデは、もはやかつてゲオルグが憐れんだ『可哀想な娘』ではなくなっていた。


そんな自分に向けられるのは、冷たく鋭い、懐の人物を仇なすものへの視線だけだった。


ガクン。


ローザリンデを現実に引き戻す、馬車が止まった衝撃が伝わる。

と同時に、馬車の扉を開けたのは、侯爵家の下僕でもなければ、伯爵家の御者でもない、予想通りの人物。


「ゲオルグ様~!わざわざわたしを迎えに来て下さったのね!」


ラーラが、マナーもへったくれもなく、我先にと、まるで抱き着くように馬車から飛び降りる。

ゲオルグは、きゃしゃなラーラの腰を軽く支えると、くるりと一回転させてふわりと着地させる。

そのはしゃぎように、ここがメインエントランスでなくて良かったと、ローザリンデは思う。


動揺しているのに、こんなことは考えられるのねと気付けば、やっと自分の理性が戻って来たのを感じた。

良かった。感情的になって、良いことなど何もないのだ。

特に、こんな大事な場面では。


次に、パトロラネ夫人が下りるのも、ゲオルグは紳士らしくエスコートした。

デビュタントや懇親の席で、いつもそばにいるこのご夫人は、ラーラのシャペロンとして面識もある。


最後に、ローザリンデが降りる番となった。

ゲオルグは、視線だけは鋭くローザリンデに向けながら、しっかりと手を差し出していた。

そこは騎士として、レディーに対する礼儀なのだろう。


すかさず唇を吊り上げ、微笑みを貼り付けた。そして、「恐れ入ります」と口先だけの感謝の意を表す。


けれどローザリンデは、ゲオルクから差し出された手に指先を預けるようにみせながら、実際には一切それに触れることなく、馬車から降りてみせたのだ。


それは、エスコートするように見せかけて、直前で手を外され、かつてケガをしたことのあるローザリンデが身に着けた、信用できない相手に身を任せない(すべ)だった。


その時の相手は、夜会で訪れた王弟派の貴族で、その御仁はその後、カスペラクス家によって血祭りにあげられたのだが…。


ゲオルグが、例え嫌悪している相手であっても、そのような卑怯なことをするはずはなかった。

しかし、逆に、女性からあなたなど信用できないと態度で示された場合、その矜持が害されるのは容易に想像がつく。


ましてや、それが愛する婚約者を虐げているような相手なら…。


果たして、それは期待以上の効果を生んだ。


すっと視線を上げ、見上げた長身の青年は、さらに眉間のシワを深くして、深緑色の瞳に怒りを燃やして自分を見下ろす。


狙い通りだ。


こんな挑発に簡単に乗るなんて、まだ若い…。


そのせいで、ゲオルグはラーラがせっかく昨夜ローザリンデが教え込んだとおりに、初対面になる婚約者と自分の義姉を紹介しようと声を掛けたのにも関わらず、「それは後にしよう」と、完全にローザリンデを無視して、ラーラを連れ奥へ行ってしまった。


シャペロンであるパトロラネ夫人が、慌ててそれについて行く。


しかし、正式に家人に紹介もされないまま、家族用のサブエントランスに置き去りにされたローザリンデが、それ以上中に入ることは、してはいけないことだった。


やりすぎたかも…。


『くそ生意気で傲慢な女』


きっと、今頃ゲオルグは、頭に血を昇らせていることだろう。


(もっともっと、わたしを嫌いになれば良い。そうすれば、侯爵夫人がどんな策を弄しようと、婚約者の首を挿げ替えることはできないわ)


ローザリンデは、控えていた下僕に、侯爵夫人かイデリーナを呼んでもらえないか声を掛ける。

出来れば、ゲオルグの態度を理由に、このまま踵を返して帰ってしまいたかった。

読んで下さり、ありがとうございます。

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