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【完結】本当に悪いのは、誰?  作者: ころぽっくる
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ラーラとやり直す 2

それでも、こんなもの、まだまだなのだ。


「そして、一番最悪なのは、これが十やそこらの子が書いたものではなく、来年にはカスペラクス侯爵家に嫁いでくる予定の、十五にもなる令嬢が書いたものなのだと、侯爵家に知られてしまうこと!」


その言葉に、もはや、ラーラからは、反発心のような気概が失せてしまったかのようだった。

ローザリンデは続ける。これが一番肝に銘じて欲しいことだった。


「カスペラクス侯爵家は、国境地帯に問題を抱える我が国で、もっとも今重要である軍閥で権勢を誇る家門です。そういう緊迫した現実で最前を張る家が、果たして、十かそこらの子と同等の手紙しかかけないような令嬢を、一族の人間として受け入れると思うかしら。後付け加えれば、わたしにも、同じ招待状が送られてきているわ。婚約者でもないわたしが、あなたと一緒に招かれたことに、危機感を覚えなさい!」


そうして、ローザリンデは、わざとラーラの書いた手紙を、紙屑のように床に放物線を描いて放り投げる。


「今はあなたに求婚したばかりのご次男が、きっと守ってくれるでしょう。けれど、もし侯爵夫妻からあなたへの不満を言い募られた時、その心が、果たして来年の婚姻式の前まで続くか、よく考えてごらんなさい」


言い終わる頃、ゆっくりと、空を飛んでいた紙が、ぱさりと音を立てて落ちた。


ラーラの脳裏に、一昨日の、ゲオルグの様子が思い出される。

誰もが愛らしいと目を細める自分を前にして、いくら話しかけてもつまらなさそうな漆黒の瞳が。

唯一、『義姉にされた不当な扱い』の話題でしか、興味をひくことのできない自分が。


だが、追い詰められたラーラは、そこでさらに自分の愚かさをさらけ出してしまった。


「そ…そんな面倒なご家門、こっちから願い下げだわ!そう…そうよ!パトリック様!ガッデンハイル公爵家のパトリック様の方が、年も近くて、殿上人のように美しくて素敵だわ!わたしのように美しい娘は、パトリック様と婚約して、あの金と黒の大門がある、ガッデンハイル公爵家でたくさんの使用人にかしずかれる方が、お似合いなのよ!」


しかし、そこまで言った時、ぱしりと、部屋に乾いた叩く音が響いた。


呆然と、左頬を押さえて立つラーラ。

そして、無表情で手を振り上げたままのローザリンデ。


ローザリンデは、決して感情的に頬を叩いたのではない。

その証拠に、口をついて出た声は、驚くほど冷静だった。


「あなたは、婚約契約を何だと思っているの?現時点、あなたが、カスペラクス侯爵家の妻になるには不適なのを理由に、相手側から契約を破棄される事由は多岐に渡るわ。でもね、あなたの方が、そんな理由でこの婚約を解消できる可能性など、ほんの少しもないことを、思い知りなさい」


「あと、ガッデンハイル公爵家は、この国で王家に次ぐご家門よ。もしその一族に加わりたいと言うのなら、カスペラクス侯爵家に嫁ぐ以上に、その身に背負うべきものがあることを、心に刻みなさい」


もう、ラーラは、何も言い返さなかった。目にいっぱい涙はためていたけれど。

ローザリンデは、そんなラーラの頬にそっと手を当て、この出来の悪い義妹に、憐憫なのか愛なのか分からない感情で、話しかけた。


「わたしがこんなことを言うのは、あなたにいじわるがしたいからじゃないわ。ラーラに、幸せになって欲しいからなのよ…。さあ、あの机に座って、カスペラクス侯爵家への返事を、もう一度書きましょう。わたしが、どう書くべきかをきちんと教えて差し上げます」


ラーラは、ふらふらと机に歩いて行き、すとんと言われるままに腰かけた。


そうして手紙を三通書いた。

ラーラから、カスペラクス侯爵家へ。

ローザリンデから、カスペラクス侯爵家へ。

そして、ローザリンデから、チュラコス公爵家へ。


『どうしてこうすべきなのか』を説明されながら教え込まれたせいか、ラーラは手紙を書くことに癇癪を起すことなく、何度も何度も書き直した末、書き上げることが出来た。


その気持ちのまま、濃紺のデイドレスに着替えさせ、午前のうちに、ミドル・ヒルズにある、『マダム・ヘジリテイトの花嫁学校』で、ラーラの特別入学の手続きをした。一年で社交界のマナーを叩きこむ、貴族に嫁ぐことになったジェントル階級の娘用のコースに、横からねじ込むことに成功して安堵する。


あとは、前の時の記憶を頼りに、優秀な家庭教師を捜し当て、他家に取られる前に雇用するだけ。


午後は、予算書を策定しながら、明日のために、ラーラに一夜漬けの知識を放り込んだ。

見よう見まねで中途半端だった淑女の礼は、何十回も繰り返させて、やっと見られる程度にすることが出来た。


その日、伯爵夫人は、一度も部屋から出てこなかった。

ケイティが、キッチンメイドが空いた蒸留酒のビンを、たくさん片づけていたと報せて来て、前の時、アルコールの摂りすぎから体を壊し、車椅子なしではどこにも行けなくなった伯爵夫人の未来を思い出す。


もし、心の何かを失って、それをお酒で埋めようとしているのなら、どうかそれを、この愛らしいレオンで埋めてくれないだろうかと、ローザリンデは思うのだった。



********



巻き戻って来てから、たった四日目の朝が明けた。


今日からラーラはマダム・ヘジリテイトの学校に通い始めた。

王立学院などと違い、あくまで裕福な家庭の子女向けの女学校だから、授業自体は数時間で終わってしまう。

けれど、ラーラの入ったクラスは、少人数編成を生かした、初歩的かつ徹底した指導が売りだけあり、帰宅した義妹は明らかにぐったりしていた。


帰りの馬車では、明日からは絶対に行かないと心に誓っていた。

けれど、帰宅すると、エントランスホールにローザリンデが待ち構えていて、今日学校であったことをつぶさに聞かれる。


そうして話していると、今晩、カスペラクス侯爵家の晩餐会に出席することを、教師や他の生徒から、心から羨ましそうに憧れの眼差しで見られたことを思い出した。明日はその晩餐会のことをきっと聞かれるだろうなと思ったら、いつの間にか学校に行く気になっていた。


それに、昨日何十回もやり直しをさせられた淑女の礼を、教師の前で披露した時、「皆さんのお手本になりますね」と褒められた。これまでラーラをしかりつけ馬鹿にする家庭教師は何人もいたが、褒めてくれた教師は初めてだった。


「明日は、晩餐会の後で、朝起きるのが辛いかもしれないけれど、頑張って起きましょう」


ローザリンデにそう言われて、なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないのよとは思ったが、明日学校に行くのは悪くないと、いつの間にかラーラの気持ちは変わっていた。


晩餐会に向け、自身を磨くために階段を昇っていくその後ろ姿を見つめながら、ローザリンデはラーラという人物に対しての見識を、大幅に修正しなければと思っていた。


前の時、カスペラクス侯爵家に嫁ぐまで、直接ラーラと接することは少なかったなと思う。

ほとんど伯爵夫人を介した接点しかなかった。


そして、結婚してからは、降るように送られてくる手紙が、ラーラという人物を形作っていった。

それは、ローザリンデにとって、悪意と脅しに満ち、婚約者を奪ってしまったと言う罪悪感を、常に心の枷として課してくる存在だった。


けれど、今目の前にいるラーラは、ただの無知で素直な娘。

飽きっぽくて、自分の容姿を鼻にかけていて、深く考えることや努力することが苦手。


だが、そんな娘、社交界にも市井にも、履いて捨てるほどいるだろう。

しかし、そんな娘の両眼を間違った愛情で塞ぎ、その耳に他人への憎悪と、男女の間の手練手管だけを吹き込めば…。


今ならまだ間に合う。

自分が、十七歳のこの時期に巻き戻ったのは、ひとえに、ゲオルグと出会う前に戻れたらと、前の時、常に思っていたからだと思っている。

だから、ラーラのことだって、今ならまだ間に合うはずだと、ローザリンデは思わずにいられなかった。


それでも、今晩の晩餐会で、十九歳のゲオルグを目にした時の自分がどうなるか、波立つ心は鎮まらなかったけれど。

読んで下さり、ありがとうございます。

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