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【完結】本当に悪いのは、誰?  作者: ころぽっくる
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ラーラとやり直す 1

翌日、ローザリンデはとにかく忙しかった。


朝から、いつもは十時過ぎまで起きてこないラーラを、今すぐ身支度させるようバーゼル夫人に命じる。

『慎ましいデイドレスで』と、注文を付けて。


二日前の朝は、使用人部屋のローザリンデに、季節外れのハチスブクロの蜜を取って来いと命じたこの家政婦長は、今やすっかり毒気を抜かれ、ただの中年の部屋付きメイドになってしまっていた。


それと同時に、伯爵の執務室で文箱を確認すると、チュラコス公爵家の令息フィンレーから、新たな書状が届いていた。これも、今朝文箱にあると言うことは、昨日のうちに出されたものに違いない。


例の角ばった直筆で書かれた手紙曰く、茶会の当日は、自ら伯爵家へお迎えに上がります、と。

馬車を差し向ける、ならまだ分かるが、わざわざ公爵令息が出向いてくるとは…。

差し出される好意があからさま過ぎて、ローザリンデは知らず赤面してしまった。


しかし、これは丁重にお断りするしかないだろう。パトリックを優先するからではなく、単純に、この茶会へ着ていくドレスが無い。それ故、公爵夫人の好意にすがるしかないからだ。


この家にあるドレスは、胸元の露出の激しい伯爵夫人のものと、ローザリンデよりも優にこぶし四つ分は背が低く、うんときゃしゃなラーラのものしかない。メゾンで既製品を見繕ったとしても、公爵家に着て行けるような格の高いものは置いていないに違いない。


ちょうど、ラーラが(したた)めた侯爵家宛の返信を持って来たヘンドリックに、義妹をレオンの部屋に呼ぶように頼む。自分も一緒に、ラーラと返事を書こうと思いながら。


と、同時に、ラーラのシャペロン(付き添い)であるパトロラネ夫人に、明日の晩餐会への同行の依頼をするよう指示した。巻き戻ってから、パトロラネ夫人に会うのは初めてだ。前の時、間違いなく自分とゲオルグを結び付けた人物だけに、会うのが少し怖い。


その後は、昨日執事から聞かされた、次の社交シーズンまでの予算を組むため、過去の予算書と今期の金銭の流れを把握しようと、帳簿を書架から取り出し、それを手にレオンの部屋に戻った。執事を呼び、執務室に鍵をかけることも忘れてはならない。


部屋では、ケイティがレオンの夜着を脱がせ、朝日を浴びせながらお湯で体を拭っているところだった。


「お嬢様、もう朝ごはんを召し上がったのですか?」


ローザリンデが朝食を摂りに、自分とすれ違いに部屋を出たと思っていたケイティが驚きの声を上げる。


「違うわよ。ふふ。必要なものを、執務室から持ってきただけ」


どさりと、二冊の出納簿を金ぴかの机に置き椅子に座ったところで、部屋の扉がノックされた。


「ラーラ様を、お連れいたしました」


相も変わらず不作法なことに、返事をする前に扉が開けられ、憤然としながらも寝起きで気怠そうなラーラがそこに立っていた。

慎ましいという指示も虚しく、朝からどこの夜会に出かけるのかと言いたくなるほど、キラキラしく装っている。


ローザリンデは、ラーラではなくバーゼル夫人を見て、これ見よがしに大きなため息をついた。


「バーゼル夫人?あなた、ラーラに恥をかかせる気ですか?わたしは、『慎ましいデイドレス』と言いましたわよね?」


そう言われたバーゼル夫人は、びくりと肩を震わせた。

大方、ラーラが「慎ましいものなど着たくない!」と言って、この有様なのだろう。

しかし、それがローザリンデの指示だと知ったラーラは、一気にその顔を険しくさせる。


「わたしが何で恥をかくっていうの?それに、どうしてあんたに着るものを決められなきゃいけないのよ!ローザリンデのくせに!」


その言い方に、ローザリンデは、結局伯爵夫人は、ラーラに王立学院からの書状に書かれていた本当の名前を教えなかったのだな、と察した。

まあ、何もなければ、あと一年足らずで、紛れもなく貴族である、『ラーラ・ザン・カスペラクス』になるのだから、いらぬ傷を与える必要はないと思ったのかもしれない。


しかし、あれほど気にしていた風だったのに、結局その後、母親を追求しなかったのだと分かり、この義妹の揮発性の記憶力が少々心配にもなる。本当に、あと十ヶ月ほどで、ローザリンデが思う程度の知識や教養を身に着けられるのだろうか…、と。


けれど、前の時、何通も書き送られて来ていた手紙を思い出せば、世俗的な事柄に関しては、ローザリンデが知らないような言葉も知っていたのだから、要はやりようだと思いなおす。


「ラーラ?あなたは今日この後、わたしと一緒にマダム・ヘジリテイトの学校へ、入学の手続きに行くのよ?それなのに、学びの場に、そんな華美な服装が相応しいわけがないわ。まあ、あなたはそれを知らなかったのだから、しょうがないわね。バーゼル夫人、明日からは気をつけてね」


バーゼル夫人を悪者にしたのは、この後のことを考えて、少しでもラーラを機嫌良く動かそうとするためだったのだが、上手く行かなかったようだ。言った途端、ラーラがけだるさを完全に消して、ずかずかと部屋に入って来てローザリンデの目の前で大声で喚いた。


「マ…マダム・ヘジリテイトの学校ですって?!わたしは、ゲオルグ様の婚約者よ?もう結婚が決まっているの!なのに、何のために学校なんて行かなきゃいけないのよ!」


その声に驚き、レオンが大きな声で泣き始める。

ケイティが、はだかんぼうのままのレオンを、慌てて抱き上げあやした。


しかし、今の言葉で分かった。

ローザリンデは頬に手をあて、ため息をつく。


ラーラは、婚約を人生のゴールだと考えているのだ。

だから、人の羨むような婚約さえしてしまえば、自分のその後の人生は保証され、いつまでも幸せが続くと思っている。

ならば、その間違いは、正さねばならない。


「ラーラ?あなた間違えているわよ」


ローザリンデは胸の前で腕を組み、ラーラを見下ろした。


「結婚が決まっているって言ったわよね?でもそれって、まだ結婚したわけじゃないってことでもあるのよ」


そうだ。前の時、あんなにも簡単に『ゲオルグの妻』の首を挿げ替えられてしまったのは、まだ婚約中だったからだ。もしあれが結婚後なら、間違いなくラーラはゲオルグの正式な妻のままで、ローザリンデは、当初伯爵夫人母娘が画策した通りに、愛人という立場しか与えられなかっただろう。


一昨日あたりから、人が変わったように強気に出始めた義姉から、突然発せられた不穏な言葉に、ラーラはその口をつぐんだ。小難しいことを考えるのは苦手だ。()()決まっているのに、()()していないと言われても、何が言いたいのか分からなかった。


しかし、そこでローザリンデは、ラーラを翻弄するように、突然話題を変えた。


「ところで、昨日、カスペラクス家から、晩餐会の招待状が届いたわよね?」


ラーラは目をぱちくりとさせた。確かに昨日、招待状が届いていた。

そのせいで、自分が母親に追究しようと思っていたことを、()()、忘れてしまうくらいには、嬉しい招待状だった。


ビロードの夜会服が、まだ出来上がっていないのは残念だけれど、すぐに出席の返事を書いた。その後、バーゼル夫人に預けたけれど、あれはちゃんと侯爵家に届けられただろうかと、ふと考える。


その時ローザリンデが、帳簿の間から一枚封筒を取り上げた。

それを見て、ラーラは思わず声を上げる。


「それ!わたしが出した返事じゃない!」


薄緑色の封筒に、橙色の封蝋。それは見覚えがありすぎる。

表には、『ゲオルグ様』と、ハートでも語尾に付きそうな拙い筆跡で書かれていた。

危なかった。これがこのままカスペラクス家に送られていれば、シャンダウス家は良い笑いものだ。


ローザリンデは、その封筒を掲げると、ラーラに向けて表書きを指さしながら、真剣な声を上げた。


「そう、間違いなくあなたが出したお返事よ。でも、この手紙は問題だらけだわ!まずこれ!『カスペラクス侯爵家』からの招待状の返信用封筒に、個人名宛て、しかも家名も書かれていない表書きなんて、礼儀知らずも甚だしい!」


その声に、義妹がびくりと体を震わせる。

傍らのバーゼル夫人も、同じように身をすくませた。


しかし、ローザリンデは返事を待つこともなく、容赦なく封蝋を破ると、中の書状を取り出しさっと一読する。

そして、封筒を投げ捨てるように床に放ると、今度は書面を掲げ、そこを指さしながら厳しい声を上げる。


「中身も、時候のあいさつもなく、昨日の茶会のことにも触れていない。それどころか、あなたの婚約者への他人が見るのも憚られる私信の内容!加えて、一番大切な、晩餐会への出席の明確な返事の言葉もなく、書き添えるべき感謝の文言もない!正式な、一族の晩餐会への招待状への返信に、シャンダウス家として、こんなものを出せるはずがないでしょう!」


ローザリンデの剣幕に、ラーラから、ひっくと、脊髄反射のような泣き声が洩れた。

読んで下さり、ありがとうございます。

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