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【完結】本当に悪いのは、誰?  作者: ころぽっくる
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東の棟

公爵夫人から発せられた予想もしなかった言葉に、ローザリンデの思考は停止した。


ガッデンハイル公爵夫人になる?わたしが?


思わず強い奔流に流され巻き込まれる錯覚に、しかし何とか踏みとどまる。

そして、絞り出すように一言返した。


「おば様…。今のお言葉は、茶会後のお戯れと取らせていただきますわ」


例え、そう言った顔がひきつっていようと、黙っていては承諾したことにされかねない。

夫人は、執務机からローザリンデの顔を見上げたまま。

二人で、しばしじっと見つめあう。しかししばらくすると、夫人はつまらなさそうに息を吐き、やがて次ににやりと笑った。


「ローザリンデが流されてくれなくて残念。でも、だからこそ得難くもあるというものね」


そう言うと、それ以上はこの話は終わりとばかりに、手元の呼び鈴を鳴らした。

ほどなくして、マッシバが顔を出す。


「ユア・ハイネス。お呼びでしょうか」

「シャンダウス伯爵令嬢を、東の()()()()の衣装室へご案内して。ブリアナがいるはずだから、夕餐のための装いの仕度を」


また着替え。しかも、本当に夕食までこちらでいただくことになるとは。

否やをいうことは叶わない。

何しろ相手は、天下のガッデンハイル公爵夫人なのだから。


部屋を出る寸前、小声で告げられる。


「さっきの手紙は、他言無用よ。賢明なあなたなら、言わずともそうするでしょうけれど」


ローザリンデは、しっかり目を見てうなずいた。



********



朝連れて行かれた公爵夫人の衣装室とは違う、対の棟にある衣装室で、ローザリンデは再び夫人の侍女によって、上から下まで別人に仕立てられた。


さっきの茶会でのドレスは、詰めるところはすぐに直されたのだが、少し丈が短い部分は直しに時間がかかるので、急遽同色のアンダースカートを重ねて誤魔化していた。


しかし、このマスタードイエローのドレスは、ローザリンデの背丈にぴったりと合っている。

もしかして、この短時間に衣装室のメイドによって、直されたのだろうか。


ブリアナという侍女は、さっきから献身的に仕度を手伝ってくれていて、とても好ましい。

シャンダウス家のハウスメイド、ケイティと年が近そうだなと思いながらも、レディスメイドという上級職に就いているだけあり、卒がない。


「仕度を手伝ってくれてありがとう。とても素敵にしてもらって嬉しいわ。それに、これはもしかして、わたしに合うように丈を直してくれたのかしら?」


感謝と疑問に思ったことを口にすると、ブリアナはぱぁっと表情を綻ばせた。


「はい!まあ、お気づきになられていたのですね!」


やはり。さすが公爵家だ。

きっと、針仕事を専門にするメイドがいるのだろう。それくらいの、クオリティの仕上がり。

ローザリンデはにっこり笑って、ブリアナに謝意を伝える。


「もちろんよ。ありがとうと、一言伝えておいて」


下位の使用人は、来客の前に姿を現すことは出来ない。

直接伝えることが出来ず申し訳ないが、確かな仕事ぶりに言わずにはおれなかった。


「まあ…。はい、必ず伝えます!喜びますわ。あと、ここにあるお衣装は、すべてご令嬢に合わせて直して参りますので、ご安心ください」


え?と、今言われた言葉に思わず反応する。

ここにある衣装?

この広い衣装室の、大きな壁の一角にずらりと並んでいる、ドレスやブラウス、スカート、上着、コート、靴や装飾品の数々、それらのことを言っているのだろうか。


しかも、ローザリンデに合わせて直していくとは…、どういう…。


呆気に取られて、ブリアナに何から尋ねようかと考えている時、扉の外から声が掛けられた。


「リンディ?ぼくだよ。開けても良い?」


パトリックだった。令息自ら声を掛けて来られ、ブリアナがあたふたする。

そのせいで、ローザリンデは今考えていたことが、一瞬で霧散してしまった。


「大丈夫よ。もう仕度は終わっているから」


礼儀知らずの声掛けに、ローザリンデも礼儀を投げ捨てて、直接返事をする。

そうやって、可愛い侍女に目配せをすれば、頬を赤らめて嬉しそうに無言で表情を崩した。


ケイティもこれくらい落ち着きがあれば…と思ったところで、扉が開く。

その開いた扉を見て、ローザリンデはえっと声を上げた。


開いたのは廊下側の扉ではなく、衣装室の奥にある小さ目の扉だったのだ。


「パトリック、あなたどこから?」


この広大な屋敷の見取り図など頭に入っているわけがないローザリンデが、驚きの声を上げる。

パトリックは、茶会よりは多少くだけた上着を羽織っていたが、それでも大きく張った襟が、彼の優美さをまったく損なうことのない艶やかなナイトブルーをまとっている。


しばし見惚れていると、パトリックもじっとローザリンデの夕餐のための姿を見つめ、質問には答えずに笑顔を見せながら歩いてくる。そして、芝居がかった仕草で言った。


「ああ、その色、リンディにすごく似合っているよ。まるで『枯葉の王女様』みたいだ」


そう言って、目の前まで来て、そっと手を取りながらぺろりと舌を出される。

ローザリンデは憎たらしい幼馴染に「もう!」と抗議の声を上げた。


そして、二人で声を上げて笑い合う。

その様子を、ブリアナが思わず片付けの手を止めて見ていた。


麗しいけれど、氷のように無表情な貴公子だと思っていたパトリックの年相応の表情に、驚いたのだ。

そうさせているのは、間違いなく目の前のこの伯爵令嬢。


ついと、ブリアナは、パトリックが入って来た扉の先に視線を動かす。

もしご令嬢に、この衣装室や部屋の意味を問われれば、どうしようと思っていた。

侍女頭からは『公爵夫人にお尋ねください』と答えるよう言われていたが、それでも顔色や動揺を隠せる自信がなかったから。


けれど、知ってか知らずか、ご令息の登場によって、それは有耶無耶にされたのだけれど。


ブリアナが視線を投げた、衣装室の小さな扉のその先にあるのは、この屋敷の西と東の棟にひとつずつある、『夫婦のための部屋』の妻用の小さな居間だ。

さらにその先には廊下に出ずとも扉でつながっている、『夫婦の寝室』があり、共有のバスルーム、『夫の居間』へとつながる。


空き部屋だった東の棟の『夫婦のための部屋』の衣装室に、今日、公爵夫人の命によって、何点もの夫人の衣装が運び込まれた。お下がりとは言え、そのどれもが一度か二度しか袖を通していない、一流のメゾンによって作られた最高級のもの。

そして、順次、伯爵令嬢の寸法に直すよう指示された。


それが、どういうことを意味するのか、公爵夫人の侍女たちは、言葉に出さずとも理解した。

しかも、一番年若い自分が、その令嬢がこちらに訪ねてきた際には、専属の侍女となるよう命じられたのだ。


自分だけでなく、針子のメイドの仕事にまで気付き、感謝を述べてくれる令嬢なんて、なかなかいないのではないか。ブリアナは自分の幸運が、もっと確かなものになるよう祈った。


目の前では、すっかり氷が溶け切って、熱であぶられたチーズのようになった令息が、同じ背丈の令嬢に、子犬のようにまとわりつき、邪険にされて喜んでいた。



読んで下さり、ありがとうございます。

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