お茶会 4
チュラコス公爵家の子息は、その後もローザリンデの席の前から動きたくなさそうだったが、結局パトリックに何かささやかれて退席した。
両公爵家の夫人方が去ると、次は侯爵家の夫人方が家門ごとにあいさつに訪れる。
まずは、国内外の交易流通の実権を握る、ガッデンハイル公爵夫人の実家であるモンテクロ侯爵家。ローザリンデの実母は、こちらの傍系の伯爵家の出身だ。
次に、マーシャシンク侯爵家。現在の教皇を輩出した家門であり、昔から国教会とつながりが深い。
ウルダス侯爵家は、代々貴族院の要職を勤める、中央政府の重鎮、国政の要だ。
そして、カスペラクス侯爵家。周辺国との国境地帯の緊張が続くこの国で、もっとも現在重要な軍閥の家門。
みな、ローザリンデの記憶より少しずつ若く、穏やかでにこやかだ。
それは、まだこの国が、本当の嵐を迎える前だからだろうと、心の中で考える。
その中でも、カスペラクス侯爵夫人は、ローザリンデにもしっかりと話しかけて来た。
自分の息子がローザリンデの義妹と婚約中なのだから、何ら驚くことではないが。
そこで、今度ラーラたちが侯爵家を訪れる時には、是非一緒にいらしてと軽く誘われた。しかしその目は、その招待が実際には『軽く』ではないことを物語っていて、ローザリンデは否も応もなくほほえんでかわすしかない。
つい、今は冬を前にして、騎士団は西方からの流浪の民の略奪への備えにも、忙しい時期なのではないですかと答えたら、侯爵夫人の目の色が変わった。慌てて、新聞で読みましたと付け加えると、ええ、そう、新聞をきちんと読んでいれば分かることなのですよ。きちんと読めばね、と返された。
お若いのに、しっかりなさっているのねと褒められ、学院で面識のあったイデリーナと一緒に、さらに是非またお会いしましょうと声を掛けられる。
ゲオルグと遭遇したくないローザリンデは、あいまいな返事をすることしかできない。パトリックは、チュラコス公爵家に招待された時のようには、介入して来なかった。
ただ、じっとローザリンデの様子を見つめていた。
その後も、各家門から公爵夫人へのあいさつが続き、最後に、シャンダウス伯爵家の二人がやって来た。
期待はしていなかったが、伯爵夫人もラーラも、前の時と同じ、見様見真似の淑女の礼を披露し、内心がっくりと来た。ここは、まだ前と何も変わっていない。
そして、公爵夫人の許しを得る前に着席すると、ラーラはマナーを無視して自分から話し始めた。
「えっと…、ローザリンデの義妹のラーラと申します。このたびは、えー、おまねきいただき、ありがとうございます!」
ちらちらとパトリックを見ながらされたあいさつに、ローザリンデは頭が痛くなる。
前の時は、学院から戻って、使用人同然の扱いを受けていた。そのため、社交の場でのラーラと接する機会がほとんどなく、義妹の礼儀作法などの仕上がり具合がよく分かっていなかったが、これははっきり言って、ひどい。
なのに、横にいる伯爵夫人は、そんなラーラの様子を満足そうに見ている。
(もしかして、この中で一番美しいのはラーラだわ…などと考えて、その表情じゃないでしょうね)
いや、そのまさかなのだが。
しかし、そんな推測は当たって欲しくなかった。
(でも、ラーラのこの状態は、彼女のせいというよりも、教育をおろそかにしたお義母様のせいだわ…)
横に並んでいるお陰で、公爵夫人の表情は見えない。見えたとしても見たくないが。
しかし、そこは公爵夫人が寛大さを見せ、鷹揚に応えてくれた。
「いいえ、他ならぬローザリンデの家の方ですものね、シャンダウス伯爵夫人?」
「は…はい。本日は、お招きいただき、ありがとうございます。娘のラーラは、まだ十五歳でして。でも、ラーラは今年デビュタントを迎えたところなんです。公爵夫人のご厚情に感謝いたします」
伯爵夫人はまだ幾分ましだ。しかし、公爵夫人が話題に出したローザリンデのことにまったく触れないし、話している内容もラーラ、ラーラと連呼して稚拙だ。思わず天を仰ぎたくなりながら、仕方なく黙って聞いていた。
伯爵夫人は言葉を続ける。
「で、あの、お願いがありまして…」
お願いという言葉に、ローザリンデは嫌な予感がした。
公爵夫人は無言で、それを流そうとしたが、義母は厚かましいのか怖いもの知らずなのか、それを無視して続ける。
「あの、当家の家格ですと、たまに出入りの出来ない夜会などがありまして…。ですので、公爵夫人にお口添えいただければと思いまして…」
何を言い出すのか!ローザリンデは目の前の義母に口をつぐむよう、思わず念を送った。
なぜなら、大晩餐会以外で、家格を理由に出入り出来ない夜会など、ありえないからだ。
それは家格の問題ではなく、単に招待状が送られて来ていないだけの話。つまりは、この伯爵夫人母娘が社交界から敬遠されているだけのことなのに。
そう言えば、前の時、ローザリンデ宛に来た招待状を勝手に使い、いくつかの家門の夜会などに押しかけていたと後で聞かされたのを思い出す。
しかし、そんな私的なことに、初対面の筆頭公爵家の夫人を引っ張り出せると思っていることに驚く。
もしかして、今日招待されたことで、何か思い違いをしているのではないのか。
気が遠くなりながら、一体どうしたら良いかと思っていたら、公爵夫人が扇で口元を隠しながら、呆れたように返答した。
「あら、でも、もうそんなにガツガツされなくてもよろしいのではございません?そちらの方は、カスペラクス侯爵家のご次男とご婚約されたと新聞で拝見いたしましたわよ。おめでとう」
公爵夫人はわざと下卑た言葉を使って返事をする。しかし、伯爵夫人にはその嫌味は通じなかった。それどころか、その返事を誉められていると取ったのか、嬉しそうに返答する。
「ええ!ありがとうございます!下の娘はご覧の通りの容姿でございましょう?大夜会の翌日には求婚のお手紙が降るように参りまして、カスペラクス侯爵家のご子息に是非にと請われてすぐ婚約の運びに。ただ、このローザリンデは少々女らしさに欠けるせいですか、残念ながら未だにどちらからも…ですのよ。ですから、わたくしが社交界でお相手をさがしてやらなければと思っておりますので、よろしくお願いいたしますわ」
可哀想な子を見るような、憐憫の視線を伯爵夫人から投げられ、ローザリンデは本当に頭を抱えたくなった。
身内の、しかも容姿の自慢に始まり、求婚の手紙が降るように来たと見栄を張った。さらに、次には逆に身内の恥をさらし、ローザリンデを出汁に、自分のために社交界での足掛かりになれと再度言い募ったのだ。
申し訳なさ過ぎて、ローザリンデは黙っていられず、公爵夫人に向き直った。
「公爵夫人、今日この場にお招きいただけただけで充分でございます。わたしのことはお気になさらずに」
すると、公爵夫人はほほえみながら嘆息すると、ローザリンデの肩に手を添え言った。
「ローザリンデ。わたくしのことは、何時いかなる時も『おば様』と呼んでちょうだい。申し訳ないと思っていてもね」
その言葉に、伯爵夫人は人相を一変させた。
ローザリンデと公爵夫人の、想像以上の近しい関係に驚いたのだ。
そして、それは横に座っていたラーラも同じだった。
しかも、ラーラはそれを恐ろしいほど自分に都合よく解釈した。
「まあ!お義姉様がそうお呼びしているなら、わたしも『おば様』とお呼びしようかしら?」
ローザリンデは目が点になった。
しかもそれだけではなかった。
「で、お義姉様がパトリック様の『お友達』なら、わたしも『お友達』ですよねぇ?」
「ラーラ、あなた…」
ローザリンデは泣きそうになりながら、喉の奥から言葉を吐き出した。
無知とは、こんなにも罪深いのかと慄きながら。
しかも、ラーラが頬を染めてパトリックを見つめている。
婚約者がある身で。
十五歳のラーラにとっては、十九歳の男くさいゲオルグより、もうすぐ十四歳になる中性的な美貌のパトリックの方が好ましいのだろうか。
しかし、それは後ろのテーブルに座る、カスペラクス侯爵家を蔑ろにする行為だ。
ラーラの発言に、一同がしん、となった中、突然パトリックが大きな笑い声をあげた。
「あは!あはははははは!シャンダウス伯爵夫人の娘さん。君、面白いね」
お茶会が長くて、もうお腹ちゃぷちゃぷ…。
次くらいで終わり、違う場所に行けるはずです。
読んで下さり、ありがとうございます。