お茶会 3
公爵夫人の着席とともに、下僕たちがそれぞれのテーブルに色とりどりの茶菓子と軽食、そしてお茶の給仕に動き出した。
同時に、さざなみのような話し声が、再び奏でられ始めた弦楽の音に軽く混ざっていく。
一息置いたところで、公爵夫人がローザリンデに話しかけて来た。
「これから、色々な家門の方がこのテーブルにおいでになるわ。会話の一つ一つ、あなたにもよく聞いていて欲しいの」
ガッデンハイル家と、ここに集められた家門のご夫人方がどんな会話を交わすのか、聞いておけという。
ローザリンデはドキリとした。たった数家の集まりに過ぎないが、間違いなくこの国の中枢を担う家門ばかりだ。
一体どんな会話が交わされるのか…。
パトリックは興味が無さそうに、早速サンドイッチをつまみ食いしているが、公爵夫人の真横に座らされたローザリンデには、そんな余裕はなかった。
『世俗のしがらみにはこだわらず』と宣言されたけれど、最初にこのテーブルに足を運んできたのは、きちんとルールに則った順番通り、チュラコス、ヒューゲルグの、両公爵家だった。
その中には、ローザリンデにも見知った顔が。
しかもその人は、自分だけをじっと見つめながら、言葉もなく目の前にすとんと座った。
主催者のテーブルには多くの空いた椅子が設えられている。
そしてこのテーブルに、この国に三家しかない公爵家の夫人が勢ぞろいした絵面は、豪華を通り越して重厚でしかない。
だが、ローザリンデの前には、去年まで自分の上級生であった人物が、何か考え事でもしているのか、微動だにせず座っている。
無礼講の宣言は建前だけかもしれないので、公爵令息に自分から話しかけることは出来ないが、チュラコス家の嫡男、フィンレー・ザン・チュラコスは、ローザリンデをじっと見たまま何も話しかけてくれない。
(どうしよう…)
公爵夫人方の会話に耳を澄ましたまま、しかしフィンレーのことを無視するわけにもいかずに困っていると、サンドイッチの次にスコーンも平らげたパトリックが、紅茶と一緒にそれを飲み込み口を開いた。
「チュラコス公爵令息、お初におめにかかります。ガッデンハイル家のパトリックと申します」
その言葉に、フィンレーは目を見開いた。
そうして、まるで夢から覚めたように目をしばたかせると、目の前に差し出されたパトリックの手を、一度じっと見た後、何もなかったかのようにしっかりと握り返す。
「…フィンレー・ザン・チュラコスだ。今年、王立学院を卒業したところだよ」
そして、ちらりとローザリンデに視線を動かすと、パトリックを気にしながら、話しかけて来た。
「シャンダウス伯爵令嬢も、久しぶりだね」
これでやっと会話が出来ると、ほっとしてローザリンデも口を開いた。
「はい。お久しぶりでございます。チュラコス様はますますご立派に」
「いや…。そんなこと…。そうかい?いや、それより、当家からの招待状は届いていたかな?」
そう言われて、ローザリンデは、今朝目にしたばかりのフィンレー直筆の招待状を思い出した。
前の時、それに返事をもらえなかったと言われたことも。
「ええ。勿論。今朝拝見したところで、まだお返事も出来ておりませんが。お招きありがとうございます。ただ、最近弟が生まれたばかりで…」
ローザリンデの一挙手一投足、一語一句に、目の前の男の顔色が、赤くなったり白くなったりする。
それが面白くて、パトリックは黙ってそれを見ていた。
しかし、男がこちらに一瞬寄越した視線の鋭さに、パトリックは思い出す。この男はこう見えて、国内の重要資源および物流の、総元締めの家の嫡男であることを。
少し恩を売るか…。そう思ったパトリックは、自分にとっても有利になるよう、ローザリンデの話に割り込むことにした。
「リンディ、お茶会に招待されたの?」
無邪気な顔で問うてみれば、ローザリンデがうなずく。
男は、『リンディ』と、誰よりも親し気に呼んだことに反応している。
本当に余裕のないことで…。
しかもそれだけでなく、ローザリンデのこの言葉が、欠席を詫びるための前句であることを察し、何とかそうさせるまいと思考を巡らせてもいる。
それなら、退路を塞げばよいのだ。事情をしっている自分が。
パトリックは少年の顔のまま、続ける。
「いいな!チュラコス家は、お庭に池があると聞いたよ」
「で…でも、レオンのこともあるし、そうそう家を空けるわけには…」
「でもリンディ。レオンの実母である伯爵夫人や異父姉だってこうやって社交の場には出ているんだし、君の忠実なる使用人がレオンをしっかり見てくれているよ。せっかくだから、チュラコス家の招きにも、足を運んでみては?」
その言葉に、フィンレーはがばりとテーブル越しにローザリンデに体を寄せると、その上に置かれていた小さな手をぎゅっと握った。
そして、早口で告げる。
「そうだよ。それでも弟君が気になるなら、わたしがシャンダウス家に会いに行っても良いんだ」
いつしか、隣で優雅に会話を交わしていたはずの三人の公爵夫人方が、目を見開いてこちらを見ていた。
ローザリンデは体を縮こませて、そっと指を抜き取ろうとしたが、大きな手のひらはそれを許さないように追いかけて来る。
気付けば、全テーブルがこちらに全神経を集中させているのが分かった。
パトリックは一つため息を吐くと、ローザリンデの手を握っているフィンレーの手の甲をツンツンとつつく。
そして、その耳元へ小声で告げた。
「チュラコス家の茶会の話が、いつの間にかシャンダウス家への個人訪問に変わってしまっていますよ。性急にすすめては、お相手の値打ちを下げるだけでは?」
フィンレーは慌ててその手を引っ込めた。
パトリックはにっこり笑うとさらに続ける。
「そうならないためにも、茶会にはぼくも同行しましょう。何しろリンディは、ぼくの『大切な友達』ですからね」
フィンレーは生意気な少年を睨みつけたが、パトリックは気にせず二つ目のスコーンにクロテッドクリームを塗り付けた。
とは言え、この少年の助け舟で、ローザリンデを我が家に招くことに成功したのは明白で、言葉にせずとも、『借り一つ』の状態であることには変わらない。
結局まったくタイプの違う年の離れた二人だが、茶会が終わる頃には、『パトリック殿』『フィンレー殿』と呼び合うほどに打ち解けていた。
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