お茶会 2
リボンとレース、薄いシフォンで飾られたアイビーのアーチはとても凝った意匠で、この中庭のシンボルとして一番目立つところに配置されていた。
そして、そのアーチをくぐり姿を現した公爵夫人に、一同が目を奪われた後、二歩後ろに続く銀の髪が輝く美しい少年に気付くと、その場の空気が一変するのがローザリンデには分かった。勿論そのパトリックにエスコートされている自分にも、そうそうたる顔ぶれの視線が、存分に突き刺さる。
こんなにも高位貴族の注目を集めながら歩くのは、二十年以上前の婚姻式の時以来で、手が汗ばむのを感じる。
主催者の席は、中庭の一番奥。テーブルの背には、様々なクリサンセマムで仕立てられたフラワーウォールが一際美しい。そして、今日ローザリンデに与えられたのは、ガッデンハイル公爵夫人とパトリックの間という、何とも思わせぶりな席だった。
そして、その席までは、いくつかのテーブルの横を通る必要がある。
その中には、カスペラクス侯爵家が座るテーブルもあった。
なるべく、そちらを見ないように視線を宙にさ迷わせて歩いていると、背後から「なんであの子が!」と言う、聞きなれた声が耳に入った。
(ラーラ…)
そう言えば、今朝公爵夫人が義母母娘を招待したのだった。
いつも歯牙にもかけない存在であるローザリンデが、パトリックにエスコートされてこんな風に登場したことに、思わず声が洩れたのだろう
しかし、もう少し空気を読んで欲しい…。
せめて、義母のたしなめる声が聞こえればと思ったが、そんな期待は無駄のようだ。
きっと声に出さないだけで、ラーラと同様の目でこちらを見ているのが容易に想像できた。
思わずカスペラクス侯爵夫人が気にかかりちらりと見ると、かつての義母は何も聞こえないかのように、じっとこの場にふさわしい微笑みを浮かべ、優雅に歩くガッデンハイル公爵夫人を見つめていた。
ただ、その横で、兄嫁のイデリーナは恥ずかし気に目を伏せている。
(はあ…。ラーラ、頼むから将来の婚家に迷惑をかけないで…)
横から視線を感じパトリックを見ると、その翡翠色の瞳を曇らせて自分を見ている。
小さく微笑み、大丈夫だと表情で告げた。パトリックは納得したのか前を向く。テーブルに到着した。
それが合図だったのだろうか。フラワーウォールの背後で、軽いセレナーデを演奏していた室内楽団が、突如、この国の国教神聖曲を演奏し始めた。
それと同時に、出席者が全員立ち上がり、神聖曲に敬意を示す。
伯爵夫人とラーラが、少し遅れて立ち上がったのが目に入り、ローザリンデは彼女らがこの国の王立教育機関のどこにも属したことがなかったのだと改めて思い出した。
王立教育機関は三つある。王立学院。王立士官学校。そして、王立神学校だ。
そのどこでも、式典の最初はこの国教神聖曲から始まり、みなが起立して清聴する。
シャンダウス伯爵家のテーブルが、皆の後ろの末席で良かったと、心から思った。
神聖曲の演奏が終わると、久々の表の社交界にもかかわらず、ガッデンハイル公爵夫人が悠然と皆に声をかけた。
「本日は、久方の拙宅で催す茶会にもかかわらず、ご招待したご家門の方々においでいただき、心よりお礼申し上げますわ。このごあいさつの後は、どうぞ世俗のしがらみにはこだわらず、茶会らしい懇親の場となればと思っております」
そこで一度言葉を切ると、公爵夫人は後ろのパトリックを振り返り、自分の横に来るよう手招きする。
「そして、こちらは我が家の長子、パトリックでございます。皆様ご存知の通り、特異な体質で生まれつきまして、長年国教会の方でご指導いただいていたのですが、今回、我が家に戻ってまいりました」
その言葉に、中庭の空気が一瞬硬く張り詰めた。
パトリックの帰還に関して、初めて公爵家から出された、これは公式な声明。
しかもその内容は、一度公爵家は国教会との関係をリセットするとも取れるものだった。
もしそれがその通りなら、国内における権力のバランスの均衡に、必ずや影響を及ぼすだろう。
ローザリンデは、おぼろげに想像していた、公爵夫人の思惑に自分が組み込まれていることに、小さく身震いした。
夫人は、本気でパトリックを自分の手元に取り戻そうとしているのかもしれない…。
顔色の悪いローザリンデを、公爵夫人がまたも嬉しそうに振り返って見ていた。
一体この場で、どれだけの人間が、自分の思惑をこれほど正確に推し量れているだろうか。
パトリックの大切な幼馴染の少女が、こんなに手応えがある令嬢に育っていることに、満足して。
「さあ、ローザリンデ。こちらへ」
公爵夫人は、わざとローザリンデの名前を呼び捨てにした。それだけこの娘と親しいと言うことを周囲に簡単に知らしめるために。
そして、その娘の頬にかかった髪を、母親のように耳にかけてあげながら、皆に向けて紹介をする。
「こちらは、シャンダウス伯爵家のご令嬢で、わたくしの実家、モンテクロ一族の血族でもある、生まれた頃から可愛がっているご令嬢ですの。そして、パトリックの大切なお友達でもありますわ」
と同時に、パトリックがにこりと微笑みローザリンデを見つめる。
その笑顔は極上だが、彼女は、思わず頬がひきつりそうなった。
確かパトリックは、『神学校は休学している』と言っていたはずなのに、それで良いのか。
いや、昨日カフェで『片想いごっこ』を仕掛けてきたくらいだ。
彼はこの状況を楽しんでいる。
そう。自分はあくまで、パトリックの大切な友達。
大事なのは、『友達』ということ。
しかし、世間が注目するのは、そちらではない。世間が注目するのは、その友達が異性であると言うことだ。
『友達』に注目すれば、パトリックの神官としての将来は、薄い雲くらいはかかるかもしれないが、何ら問題はない。
けれど『異性』に注目すれば、それは将来パトリックが、この異性の友達を伴侶として、ガッデンハイル公爵になる可能性もあるのだと、誰しも想像に難くないだろう。
自分はそれが、ただの噂ではなく現実的な可能性として裏打ちされるための存在として、ここに連れて来られたのだ。
ふと、公爵夫人とパトリックを見れば、二人そっくりの悪だくみの顔をして、ローザリンデを見ていた。
その背後にいる招待客からは、きっと見えないだろう、いたずらっ子のような顔だった。
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