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【完結】本当に悪いのは、誰?  作者: ころぽっくる
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お茶会 1

「ヒューゲルグ公爵夫人並びにご令嬢のおなりでございます」

「モンテクロ侯爵夫人のおなりでございます」

「ダンダステン伯爵夫人のおなりでございます」

「チュラコス公爵夫人並びにご令息のおなりでございます」


公爵家の、容姿まで選り抜かれた下僕たちが、お茶会に到着した招待客を、次々にその家名を告げながら中庭に案内してくる。


中庭脇の控えの間でその声を聴きながら、内心ローザリンデは舌を巻いていた。


(なんて顔ぶれなの…。王族がいないだけで、これは王宮の大晩餐会にも引けを取らない)


大晩餐会は大夜会と対を成す、王家主催の王宮行事。しかし招待されるのが、国内有数の家門だけに限定されることから、この晩餐会に呼ばれて初めて、名実ともに権勢を誇る家であると、社交界で認められるという側面がある。


また逆に、これだけの家門を、招待という名の下に呼びつけることが出来るのもまた、主催者側の権力の大きさを表していた。


残念ながらシャンダウス伯爵家は、今までこの大晩餐会に呼ばれたことはない。

世間では名門と呼ばれる家門であっても、この限られた中に入ることは容易ではないのだ。


そんな三々五々集う招待客の様子を、あちらからは見えないように薄張りを貼った室内から、公爵夫人が優雅に扇を操りながら見ている。


前の時、当時一人息子だったパトリックを国教会に囲われてしまった後、公爵夫人は当てつけるように王家からも教会からも一線引き、華やかな社交界の表舞台から姿を消した。

それはその後、公爵家を継ぐ次男を生もうが、上の娘が隣国の皇太子妃になろうが変わらなかったのだが、パトリックが二十二歳の若さで枢機卿になった時、突如華々しく社交界に返り咲いた。


もちろん、表舞台から姿を消しただけで、この筆頭公爵家の夫人が、裏では社交界を牛耳っていたのはローザリンデも知るところである。


なので、この時期でのお茶会の主催は、完全に前の時と違う動きだ。

少なくともガッデンハイル公爵家に関する自分の記憶は、役に立たないかもしれない…。

ローザリンデがそう思った時、新たな来訪を知らせる下僕の声が、控えの間にも聞こえて来た。


「カスペラクス侯爵夫人並びに、ご子息のご令室のおなりでございます」


ローザリンデは思わず薄張りの向こうに目を凝らした。

そこには、亡くなったはずの侯爵夫人が、兄嫁であるイデリーナを伴って、いつもの厳めしい表情を崩さずにゆったりと歩を進めていた。


(お義母様…)


巻き戻るということは、亡くなった人とも会えるということなのか。

その元気な姿に、ローザリンデは胸が熱くなった。


母の記憶をほとんど持たない自分にとって、嫁いでから常に自分のために時間を割き、目をかけ手をかけしてくれたこの姑は、間違いなく『母親』だったから。


カスペラクス侯爵夫人は、軍閥の家門を裏から支える賢夫人だった。

自他ともに厳しい人で、一族の中には嫁である自分を気遣ってくれる人もいたが、この義母の言葉の根底にあるのが、ローザリンデが困らないようにとの思いだというのは、彼女にはよく分かっていた。


侯爵夫人は、戦争が家門の権勢の源であると言う、負の側面の上に立つカスペラクス家を守るため、硬い鎧でその身を守るように、一度懐に入れた人間には、とことん愛情深いのだ。


死期が近づいたのを察知したのか、亡くなる一日前、『あなたをこの家に強引に連れて来て、本当に良かったのかと今でも思う』と言われた。

ローザリンデはすぐさま返事をした。『お義母様の娘として過ごしたこの年月は、わたくしにとって、間違いなく素晴らしい日々です』と。


きっと、息子と自分とラーラとの、歪な関係も知っていただろう…。


この人にとっては、自分とラーラ、どちらが義娘となる方が幸せだったのだろうか…。


ローザリンデはしばし物思いに沈む。それを斜め後ろから、パトリックがじっと見つめていることには、まったく気が付かずに。


「さあ、皆さんいらしたわ。わたくしたちも、ご挨拶に参りましょう」


その思いも、その視線も、公爵夫人の明るい声が断ち切った。


パトリックがしゃんと背筋を伸ばし、左の肘を差し出す。

ローザリンデは彼を見て、繊細なレースの手袋で覆われた、両手の指をそっと添えた。


控えの間の扉が開けられた。

中庭は、すぐそこだった。



********



数年ぶりに開かれたガッデンハイル公爵家のお茶会に出席している、主だった家門の夫人たちは、公爵夫人の登場を今か今かと待ち受けていた。

いや、それ以上に、神学校をやめたと噂のこの家の子息が、その姿をこの場に現すのかが、間違いなく皆の大きな関心事の一つ。


しかし、ここでそんなことを迂闊に言葉に出して言う者はいない。


いや、一名いた。


「ねえお母様!パトリック様はまだかしら?あの後、やっぱりわたしのことが気になって、今日招待してくれたんだわ!」


それは、席の中でも末席の末席。通路の際に急遽つくられたようなテーブルから聞こえて来た。

秋のお茶会だと言うのに、胸元を大きく開けたドレスに大きな首飾りを重ね付けしているシャンダウス伯爵夫人と、薄い緑のドレスで白銀色のリボンを髪に飾った、その娘ラーラ。


「あれは、どなた?」


最近はお年を召して、大晩餐会くらいにしか足を運ばなくなったヒューゲルグ公爵夫人が、同じテーブルのチュラコス公爵夫人に問う。

チュラコス公爵夫人は、品よく微笑むと、その場を無難に回避する。


「後で、きっとどなたからかご紹介いただけますわよ。それもお茶会の楽しみでしょう?」


変に教えて、知り合いだと思われても困る…と思いながら、ちらりと隣のテーブルのカスペラクス侯爵夫人を見た。予想通り夫人は無表情を貫いていたが、如何せん、令息の妻はまだ若いからか、動揺が透けて見える。


いくら爵位を継がない次男でも、あんなのが妻として一族に名を連ねるなんて、わたくしならごめん被るわ…と、思いつつ、自らの隣に座る息子を見れば、末席の方を見てソワソワしている。


確かにあの『シャンダウスの妖精』とやらは、見た目だけなら今年のデビュタントの中でも指折りだ。

騎士団に入団したばかりの下の息子によれば、ちょっとちやほやすれば、すぐに上機嫌でダンスの相手などをしてくれるらしい。

婚約者であるカスペラクス卿のことは尊敬しているが、騎士道精神が過ぎるのではと、社交界では噂されていた。


まさか、うちの嫡男まであんな娘に興味があるのか…と、訝しく見れば、当人がくるりとこちらに向き直り、声を潜めて話しかけて来た。


「母上。シャンダウス家のあの二人が招待されているということは、もう一人のご令嬢もいらっしゃる可能性が高いということですよね」


なるほど…。

そう言えば、うちの嫡男は学院から帰省するたびに、『シャンダウスのヘーゼル』の瞳が、如何に理知的に輝いて見えるかを力説していた。執事によれば、先日は思い余って、招待客は婚約中の友人二人とシャンダウス伯爵令嬢だけ…という、その意図が透けすぎな茶会の招待状を、自ら書いて送ったとか。


熱心に秋波を送って来る他家の令嬢もいるというのに…。


適齢期の息子は、他の茶会や夜会はいくら誘っても来ない。なのに今日はおとなしく来たのは、もしやガッデンハイル公爵夫人が、そのご令嬢の生母と同じ一族だというところに一縷の望みをかけたのだろうか。


末席にもう一度さりげなく視線を投げる。


席は四つあるが、座っているのは二人。そして、残りの二つの椅子には、愛らしいレースとリボンのクッションが置かれていた。つまりあの席に座るべくは、最初から二人。シャンダウス家のあの二人が招待されたのは、間違いなくローザリンデ嬢とガッデンハイル公爵夫人の血縁のお陰ではあるだろうが。


(ローザリンデ嬢は、噂通り伯爵家内で『継子の洗礼』を受けていそうね。社交界には、大夜会以降顔を出せていないようだし、これなら容易に攫ってしまえそう)


早速帰ったら、自分の名で屋敷に招待しよう。


そうしてチュラコス公爵夫人が、頭の中で熱心に息子の婚姻に関する皮算用を始めた時、一際大きく、歌うような下僕のよく通る声が、高らかに告げた。


「ガッデンハイル公爵夫人、並びにご令息パトリック様、並びにシャンダウス伯爵家ご令嬢、ローザリンデ様のおなりでございます。

読んで下さり、ありがとうございます。

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