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【完結】本当に悪いのは、誰?  作者: ころぽっくる
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公爵家にて 2

ギャラリーを抜けると、ここが貴族の屋敷がひしめく王都かと驚くほど、広大な中庭へとつながっている。

ローザリンデが公爵家に来るのは初めてではないはずだが、それは母がまだ生きていた頃のことで、もちろん彼女の記憶には残っていない。


前の時も、パトリックは結局八歳から神学校に入り、ほとんどこの実家に帰らなかったから、ローザリンデは訪れることもなかった。


「わぁ…!!!」


初めて目にする、様々な紅葉が萌え、ダリアが咲き乱れる小路が美しい中庭は、すでに午後からのお茶会に向け、色とりどりのテーブルクロスとレースがあしらわれたパラソルで彩られている。


「そうか。今日は午後から茶会をすると言っていたな」


横でパトリックも呟く。


「もしかして、それで朝から連れて来られたのか?」


そこで、ローザリンデが母親に拉致されてきた理由に行き当たったようだ。


「ええ。しかもわたしは、パトリックにエスコートされるらしいわよ」


簡単に返すと、途端に彼はその美しい眉をしかめた。


「ぼくも出席させられるってこと?!」

「そのようね。多分、そのためにわたしは連れて来られたのよ」


ローザリンデの答えに、パトリックは天を仰いだ。

久しぶりに手元に帰って来た息子を、母である公爵夫人が色々構いたいのは理解している。

しかし、まさか他家との社交の場にまで引っ張り出されるとは思っていなかった。


休学中なので、一応今でも正式な肩書は『神官見習』、だ。

まあ、他の家門の茶会に出るわけではないから、そこは大目に見てもらおうと、パトリックは諦めた。


ふと、横の幼馴染をよく見れば、昨日と同じデイドレス。

自分が贈ったショールを使ってくれているのは嬉しいが、そこで初めて、ローザリンデはこれしかドレスを持っていないのかもしれないという恐ろしい可能性に行き当たる。


それなら、朝早くから、母親が強引に着の身着のままのローザリンデを、伯爵家から拉致してきてくれたのは、実は最善だったのかもしれない。


そこへ、ハウスメイドがアラベスクを抱いて現れた。

パトリックとは同い年でも、この真っ白な毛並みの気位の高い猫は、猫の世界では老マダム。

いつも屋敷の一番快適な場所が、彼女の居場所だ。


きっと公爵夫人の命で、そこから連れて来られたのだろう。

けれど、パトリックをその目に映すと、「なぁお」と一言機嫌の良い声を上げ、すぐに彼が広げた腕の中にその身を滑り込ませた。


「なんて美しいのでしょう…」


ローザリンデは感嘆の声を上げた。パトリックは、アラベスクに対する賛辞だと思って目を細める。

しかし実際は、中庭の澄んだ光の中、真っ白なアラベスクとパトリックの姿が、まるで一幅の宗教画のように神々しく、思わず上げた声だった。



********



その後、ローザリンデは突如現れた公爵夫人の侍女たちに連れ去られ、パトリックは一人きりにされた。

結局朝食を一人で摂り、昼前には、昨日勝手に一人で外出した後に、急遽つけられた従者に衣裳部屋に連れて行かれた。

そこで、硬く糊付けされた息苦しいクラバットに、体にぴったりと沿うベストを着せられ、不機嫌この上ない。


神学校ではゆったりとした神官服。公爵家に戻ってからも、シャツとトラウザーズにジャケットを羽織るぐらいの服装しかしていなかったから、非常に窮屈に感じる。

せめて喉元のクラバットだけでも寛げようかと思った時、部屋の扉がノックされた。諾と返答すると、顔を覗かせた従者が告げる。


「マイ・ロード。奥様がお呼びでいらっしゃいます」


パトリックは、すぐに立ち上がった。朝から数時間。やっとローザリンデの仕度が終わったのだ。

クラバットを寛げようとした手を止め、母の衣裳部屋へと急ぐ。


従者が先触れの声を掛けるのと同時に飛び込んだ衣裳部屋で、パトリックは目を見開いた。


そこには、朝の姿からは想像できないほど美しく洗練された、まさに貴婦人と呼ぶにふさわしい、ローザリンデが佇んでいた。


秋のお茶会にぴったりの、スモーキーな翡翠色を基調とした、刺繍がふんだんに入ったスカートにジャケット。そこに落ち着いた灰銀色のスカーフや小物が使われ、輝くダークブロンドの髪は未婚の娘らしく緩く結われて垂らされている。ドレスと合わせた翡翠色の帽子には、銀色の貴重な海白鳥の羽根が飾られ、上品なことこの上ない。


パトリックは、それを言葉もなく見つめる。

ローザリンデは、面映ゆそうに頬を赤らめたが、見事な所作でくるりとその場で一度回った。


「おば様が、わたしのサイズに合わせて、この場で整えて下さったの。どうかしら?」


その声で、パトリックはまるで夢から覚めたように、目をしばたかせた。

その様子を、公爵夫人始め、レディスメイドとして凄腕の侍女たちが微笑ましく見ているのも知らず。


「ローザリンデ、本当に綺麗だ」

「パトリックも、すごく素敵よ」


お互いが、心から賛辞を送り合う。


ローザリンデも、今まで見たことのない、大人の貴族男性のような姿のパトリックに目を奪われていた。

しかもよく見れば、濃紺色のジャケットの下は、『シャンダウスのヘーゼル』を髣髴(ほうふつ)とさせるような、赤味を帯びた薄茶色のベストを着ているではないか。


自分の装いが、パトリックの瞳と髪の色を意識した色の取り合わせなのにはすぐに気が付いたが、まさかパトリックまでローザリンデの色をまとわせられているとは…。


ローザリンデは、公爵夫人が何を画策してこの茶会にパトリックの幼馴染である自分を招いたのか、今こそ正しく理解したような気がした。


ちらりと確かめるように視線を送れば、公爵夫人とかちりと目が合う。すると、夫人は満足したように、ゆっくりうなずき扇を優雅に動かした。


察しの良い人は好きよ、とでもいうような表情で。


そして、侍女の一人に声を掛ける。


「スザナ。最後に『ペオロンの横顔』を」


すぐにそれは恭しく運ばれてきた。納められた箱までもが宝飾品としての輝きを放っている、大きなカメオのブローチだった。

その周囲はまるで銀を編んでかのような繊細な飾りが施され、中央には美しい少女の横顔が。


「パトリック、ローザリンデ嬢のスカーフの結び目に、それをつけて差し上げなさい」


『ペオロンの横顔』という名まえがついている以上、このブローチが公爵家の宝飾品リストの上の方にある貴重なものだということはすぐに理解できた。

しかし今は、互いの息がかかりそうな距離で顔を近づけているパトリックに、全神経を持って行かれてそれどころではない。


パトリックも同じなのか、ただピンをかけるだけなのに、なかなかブローチをつけることが出来ない。

やっと終わった時には、それは左に少し曲がっていて、結局侍女がつけなおしてくれた。


(もう、この年になって、十代の子にドキドキしてしまうなんて…)


と、完全に自分も十七歳であることを忘れてしまったローザリンデが思っていると、この家の下僕が、開けられたままの衣裳部屋の扉に立ち、声を掛けて来た。


「ユア・グレイス。お茶会の仕度が整いました。お出ましをお願いいたします」


パトリックを国教会に取られてしまってから、一度も開かれることが無かった、ガッデンハイル公爵家主催のお茶会が、今まさに始まろうとしていた。



読んで下さり、ありがとうございます。

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