呪いを解呪する運命の人 1
辺境伯領の兵団の到着で、城塞は一気に人であふれ返る。
第一騎士団の出立とも重なって、城塞のエントランスホールは立錐の余地もなかった。
そんなところに貴族であるパトリックやローザリンデが顔を出そうものなら、彼らの居場所はさらに手狭になってしまう。
パトリックはゲオルグに、ついさっきローザリンデから聞いた言葉の真意を確かめたくてしようが無かったが、結局、城塞の見晴らし台から第一騎士団の一団が騎馬で立ち去るのを見送った。
(すぐにも手紙を書こう。ゲオルグ殿も巻き戻って来た人間。ぼくらが知らない前の時の何かを踏まえての発言かもしれない)
そこへ、オードブラウ団長からの使いが、応接室への来訪を伝えて来る。
「ミュクイット辺境伯令息、ルゴビック子爵がごあいさつなさりたいと」
どうやら、未来の辺境伯が直々に兵団を率いて来たようだ。昨年、チュラコス家の水晶舎での茶会で会って以来のことで、二人は顔を見合わせる。前の時、王弟派の首領として、修道院からこのワッツイア城塞を陥落させた立場の人間が、今度は城塞から修道院の事件を収めるために来ていることに、運命の変化を感じながら。
ただ、ルゴビック子爵はフィンレーの学友でもある。
自分達が呼ばれるなら、もちろん友である人物も呼ばれているはず。そう考えてローザリンデが尻込みすると、何も知らないはずの団長の小間使いは、
「チュラコス公爵令息もお呼びしたのですが、今はお会いになれないとかで。団長はその間、お二人に子爵様のお相手をしていただけないかと」
と、言った。
そもそもルゴビック子爵は辺境伯の嫡男。この国に北と南、二人しかいない辺境伯は、侯爵に優るとも劣らない爵位だ。忙しいのもあるだろうが、騎士爵のオードブラウ団長は、その格に釣り合う人物としてパトリックを頼っているのかもしれない。
フィンレーが来ないと聞き、パトリックは迷いながらも小間使いの言葉にうなずいた。
(ゲオルグ殿も、前の時はアッザンの領を賜り、三人目の辺境伯となるはずだったな…)
応接室に案内されながら、ふとパトリックの脳裏に記憶が浮かぶ。
しかし、今回は奇跡と呼ばれた、『ワッツイア城塞の奪還』という史実は繰り返されないだろう。
ならば、ゲオルグが騎士爵から世襲貴族に封されることはないのかもしれない。
屋上からひとつ下りた階の廊下の途中で小間使いが歩みを止め、大きな扉の前で声を上げた。
「扉を開けてもよろしいでしょうか?」
間髪入れず、中から応答の声がする。
「こちらは構わぬ」
小間使いが両開きの分厚い扉を開けば、そこはローザリンデたちも初日に通された貴賓用の応接室。すぐ見えるところに対面に置かれた長椅子があり、ルゴビック子爵トレバスはそこで副官らしき人間を連れて寛いでいた。
しかし、小間使いが案内してきた人物を目にして、慌てて二人ともが立ち上がる。
「これは…、ガッデンハイル公爵令息。シャンダウス伯爵令嬢まで」
トレバスは立ち上がり、今まで自分が座っていた奥の椅子からあっという間に退くと、パトリックたちにそこを明け渡すように腕を広げて導いた。
パトリックはトレバスの意を汲みその席に腰を下ろしたが、ローザリンデはテーブルの端に置かれた一人掛けの椅子に腰かける。自分は単なる伯爵家の令嬢。トレバスの勧めるままその上席に座るわけにはいかなかった。
トレバスは、未来のチュラコス公爵夫人として、礼を執ったのかもしれないが、今やそれも不確定な未来になりつつある…。
水晶舎での茶会以来の邂逅に、トレバスは少なからず興奮しているようで、横の副官が時々咎めるように主を見ながらも話が弾む、何とも楽しい時間が始まった。
その時の印象も、公爵令息のフィンレーに思ったことをはっきりと言ったり、新婚の妻への愛情を隠さなかったり、随分素直に喜怒哀楽を表す人物という印象だったが、やはりその印象は間違っていなかったようだ。
「いや、こちらに一日早く参りましたのは、理由がございまして…。実は当家にも獅子身中の虫と申しますか、隣国との内通者があぶり出されましてね。その者を第一騎士団の帰還に合わせ王都へ連行してもらうため、引き渡しに参ったからなのです」
その発言に、パトリックはその内通者が、誰であったかを思い出す。
それは前の時、トレバスをまんまと隣国と通ずる王弟派へと仕立て上げた、彼の叔父、辺境伯の弟であるカウガリン卿で間違いないだろう。
今回は甥を旗印にすることに失敗し、教皇へ泣き言を連ねた書状を送るという失態を犯している。カウガリン卿が王都へ連行され自白させることが出来れば、教皇はさらに追い詰められるに違いない。
「内通者ですか…」
パトリックがそう呟き、トレバスを窺うように見た。
以前の彼は随分その叔父の言葉に影響を受けていた。もしかすると、内通者が叔父であることを隠そうとするかもしれない。
しかし、それはいらぬ配慮であった。
「ええ。お恥ずかしながら、家門内でくすぶっておりました、一番下の叔父が」
彼はすぐにその内通者が誰かを明かした。やり方を間違えれば、家門全体の共謀が疑われるかもしれない事態に、ミュクイット辺境伯はきっぱりと政と血縁の情を切り離した。そして、それを私兵団を率いた息子に連行させることで、家門の姿勢を示したのだ。
これにより、ミュクイット辺境伯家はぎりぎり王家からの信頼をつなぐことが出来るに違いない。
前の時、辺境伯家はこのトレバスの代で断絶した。
当主であった彼が、国内を混乱の渦に叩きこんだ首謀者として地下牢獄につながれ、何者かによって殺されてしまったからだ。
しかし、王弟派の首領となり、あのクライネフと通じる役目を負っていたはずの彼が、運命が変わったフィンレーの言葉を受け、今は真逆の立場、この事態の収拾を図り、国内情勢の安定を考える側になるとは。
ローザリンデはじっとトレバスを見る。
半年ほど前に水晶舎で見た彼よりも、随分と頼もしくなったように感じた。
その視線をどう取ったのか、トレバスが口を開く。
「しかし、わたしも一歩間違えば、叔父の狭い視野の考え方に影響を受けていたかもしれません。以前チュラコス家の水晶舎でもお話したように、我が領はこの国の北に位置に、常に隣国との紛争の最前線となります。そのため治政には様々苦慮しており、フィンレーにも食って掛かったものです。だが、今は友に感謝しています。狭小で偏ったわたしの考えを、時間をかけて変えてくれましたから…」
そうだ。あのお茶会の時、トレバスは随分思い詰め、今にも爆発しそうな様子だった。だがそんな彼を変えたのは、学院からの無二の友であるフィンレーなのだろう。
そう考えて、ローザリンデは心変わりしてしまった婚約者に、思いを馳せた。
トレバスを変えたのがフィンレーなら、そのフィンレーを変えたのは、前の時とは変わった運命だ。
それならば、その運命を変えるため、自分がひと時でも彼の最愛としてその心を捕らえたのは、決して無駄ではなかったはず…。
自分で自分に必死で、フィンレーの愛が無くなってしまったことの言い訳をしている。
それに気が付いて、ローザリンデは唇の内側をそっと噛んだ。
200部超えてたこと、今気が付きました!
こんな長編になるはずじゃなかったのですが…。
ここまで読んで下さり、ほんとう~に、ありがとうございます。




