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【完結】本当に悪いのは、誰?  作者: ころぽっくる
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歪な関係 2

ローザリンデが半地下の部屋に閉じ込められている間、ゲオルグはゲオルグで奔走していた。


今にして思えば、自分が思い込みで簡単に決めてしまった婚約者への違和感は、日ごとに増すばかりで、態度は冷淡になっていっていた。


それに焦りを感じたのか、人目のないコンサバトリーに誘い出し、ラーラの方から濃厚な口づけまで仕掛けてきた時には、心底呆れてしまった。男の本能に火をつけようとしたのかもしれないが、あまりにも浅はかだ。女に慣れていないわけではない。だから試しに口づけ自体には応えたものの、それに何も感じない自分の冷静さに、驚くほどだった。


そしてその日、エントランスでメイド服に身を包んだ、この家のもう一人の令嬢を目にしたのだ。


『シャンダウスのヘーゼル』。じっと自分を見つめたあの瞳を思い起こすだけで、身の内が熱くなるのを感じ、初めてのことに戸惑った。


またその姿を目にすることが出来ないか。

行くつもりのなかった、次の懇親の日。予定通りに伯爵家を訪れると、目の前でなんと『義姉がラーラを罵る』と言う茶番を見せられた。

しかしゲオルグの目が釘付けになったのは、茶番ではなく、水色のデイドレスを身にまとう令嬢だった。


もちろんそんなことで、ラーラが不憫だなどという感情が湧くはずも無く、逆にあの学生向けに書かれた本すら理解できていないのかと思うとともに、そんなことをさせられているこの女性が(いたわ)しかった。


何とか彼女と二人で話せないだろうかと思いが募り、いつも冷めた視線で部屋の隅に控えるシャペロンの存在を思い出す。その夫人に伯爵家の外で声を掛ければ、「見る目が無いと思っていたけれど、本当に価値があるのが誰だか分かったようですね」と嫌味を言いながらも、あのご令嬢、ローザリンデと会う手はずを整えてくれた。


終始目を伏せ控えめなのに、彼女は自分の身に降りかかるシャンダウス家のめちゃくちゃな内情を、決してゲオルグに話さない。手を変え品を変え、誘導尋問をしても、最後まではぐらかした。

これは相当頭も切れる。


なにより、時々彼女と目が合うだけで、ゲオルグは何度も自分の理性が揺らぎそうになるのを感じた。

シャンダウス家ではまったく気にならなかった部屋の隅のパトロラネ夫人の存在を、この家では嫌というほど感じるほどに。


そんな時、騎士団で若手の騎士たちが会話しているのを立ち聞きした。


自分の兄が、カスペラクス卿の婚約者の義姉に、何度も屋敷でのお茶会への招待状を送っているが、まったく返事がもらえなくて沈んでいたら、呼んでもいないのに、婚約者の『妖精ちゃん』の方が母親を引き連れてやって来て、いい物笑いの種を提供してくれた…と。


その若手騎士の実家は、国内最大の鉄鉱山を持つ公爵家の一族だ。それはガッデンハイル公爵家に次ぐ家柄。

もしそんな家の継嗣に求婚されてしまえば、自分では太刀打ちできない。

ゲオルグは焦りを感じた。


本来なら、自分が見つける前に、誰かに(さら)われていてもおかしくない女性なのだ。

自分にとっては幸運で、ローザリンデにとっては不幸にも、あの母娘のお陰で自分が見つけることが出来た。


逃したくないと思う人に会って初めて、ゲオルグは自分が最初考えていた伴侶の見定め方が、いかに愚かで傲慢で、相手を馬鹿にしていたのかを悟った。


ラーラにも真摯に謝罪し、婚約の解消を願い出よう。

そう思って、やっと重い腰を上げて訪れたシャンダウス伯爵家で、ゲオルグはラーラと伯爵夫人に気味が悪いほど上機嫌な歓待を受けた。


そして、用意された紅茶を一口飲んだ途端、自分が何を飲まされたのかを理解した。


媚薬だった。


一体どれほどの濃度のものを入れたのか、途端に体が熱くなり、理性がぐらつき始める。

ゲオルグは無言で立ち上がると、すぐさまエントランスから飛び出し、自分が乗って来た馬車に飛び込んだ。

ラーラが追って来れないよう、中から掛け金をかけたところで、パトロラネ夫人の声がした。


「少しだけお待ちください!少しだけ!」


他ならぬ夫人の申し出に、御者に少しだけ待つことを伝えたが、体がどんどん辛くなってくる。

そこへラーラの声がした。猫なで声で「今すぐ扉を開けて下さい。お楽にして差し上げます」などと、恐ろしいことを口にする。


そこへ、パトロラネ夫人の声がした。


「開けて下さい!」


掛け金を外した途端、誰かが押し込まれるように乗り込んでくる。

ラーラかと思ったゲオルグは一瞬身構え、目を伏せ体を丸くした。


しかし、聞こえてきたのは、「ご令息!」と驚きの声を上げるローザリンデの声だった。

ああ、彼女に会えた…。一瞬ほっと息をつき、しかし自分が今とんでもない状態であることを思い出す。


ええい、ままよ。


ゲオルグは御者に告げる。


「ホルツの家へ!」


それは、諜報活動に使う、隠れ家の一つ。

御者が猛スピードを出したお陰で、馬車の中で彼女を襲うという最悪の事態は避けられた。

しかし、嵐に弄ばれる小舟のような車内では、彼女の香りを、髪を、体温を嫌というほど感じざるを得ない。


隠れ家に着いた時には、もう理性の欠片など残っていなかった。

ましてや、目の前には、まともな時でも自分の理性を危うくさせる女性がいるのだ。


まだ十九歳のゲオルグは、これまでのいっぱしの女性経験も何の役にも立たないほど、無我夢中でローザリンデをむさぼってしまったのである。


そして、若者は、ローザリンデの体を与えられたことで、すべてを自分に都合良く解釈した。

体をつないだことで、心も自分と同じ強さでつながったものだと思い込んだのだ。

だから、一刻も早くローザリンデを正式に自分の妻とするために、「信じて待っていて欲しい」などという簡単な言葉だけを残し、彼女をパトロラネ夫人に任せて置き去りにした。


しかし、だからと言って、ラーラと伯爵夫人がええそうですかと婚約の解消を承諾するわけがない。

ましてや、ラーラへの求婚は自分から性急にしたのだ。


ローザリンデには会わせてもらえない。

頼みの綱だったパトロラネ夫人は、あの直後に解雇されており、訪れたパトロラネ家も人っ子一人いなかった。


伯爵夫人からは、ラーラを正妻にしてくれれば、ローザリンデを愛人にしても良いとまで言われ、一日でも早くローザリンデをシャンダウス伯爵家から救い出し、自分の手元に置きたいゲオルグは、その案を飲もうとすら考えた。


そんな折、シャンダウス家の執事から、ローザリンデが懐妊していることを結び文で知らされたのだ。


一刻の猶予もなかった。伯爵夫人の案を呑むしかないのか…。

ゲオルグがそう思い、カスペラクス侯爵家にそのことを報告すると告げた時、ラーラの将来は保証されたと、伯爵夫人はにんまりと笑った。


だが、その思惑は実現することはなかった。

次男の婚姻に、そこで初めて、カスペラクス侯爵家が本格的に介入してきたのだった。




昨日投稿出来なかったので、本日二回目です。

何やねんこいつら、とイラつかれると思いますが、もう少しお付き合いいただければ嬉しいです。

読んで下さり、ありがとうございます。

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