表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】本当に悪いのは、誰?  作者: ころぽっくる
180/259

クライネフ 1

仮面の男の優雅なエスコートの所作に、ラーラは口の端を上げた。ただ、かさついた肌のせいで、その笑みはひきつれたように見えた。

もしかするとその濁った瞳には、ここは豪奢な屋敷のエントランスに見えていたかもしれない。


「さあこちらへ。ご令嬢」


だが、それは私室の扉まであと一歩と言うところまでだった。


仮面の男は左の肘をラーラに差し出し、右手の指の二本、親指と人差し指をその眼前に突き出すと、指の腹を合わせて パチリ と音を立てる。「眠れ」という言葉と共に。


するとどうだろう。ラーラはまるで、そこで意識を失ったようにまぶたを閉じ、ゆっくりと床にくずおれた。

そのやせ細った体を、男が片腕で易々と引っ張り上げる。そして扉に向けて声を張った。


「入れ」


途端に、男が二人、私室に音もなく入って来る。そうして、大きな麻袋で、ラーラの体をすっぽりとくるんだ。

そして、それをひとりが荷物のように担ぎ上げる。


「軽いな」


ぼそりと口にすると、仮面の男がたん!と足音を立てる。

男たちはそれにビクリと反応し、口をつぐむ。


「そのまま馬に括り付けろ。荷馬車の手配は?」


仮面の男のきつい声に、男のひとりが答えた。


「終わっております。地点『ガルダ』に」


その返事を聞き、男はうなずくと、顔を覆っていた仮面を外した。

仮面の下から現れたのは、明るい金の髪に、翡翠色の瞳。


もうひとりの男が声を掛ける。


「クライネフ中将。本当に御自ら『アデナの門』に行かれるのですか?」


その言葉に、中将と呼ばれた男がにこりと口の端を上げた。

たったそれだけで、温度を感じさせない冷徹な空気を纏っていた男が、まるで役者のような優男に雰囲気を一変させる。


「予定変更はなしだ。しかも今から会いに行くのは、かのチュラコス公爵令息が掌中の珠のように可愛がっているご令嬢。わたし以上の適任はいないだろう?」


そう言いながらにやりと笑ったクライネフに、部下のふたりはかすかに眉をしかめた。

この上官が女であろうと容赦がないのは、よく知っている。

だからこそ、憐れな貴族令嬢の未来に思いを馳せたのかもしれない。


この麻袋の中の女も…。


そんな部下の反応を意に介さず、クライネフは部屋の隅で老婆と共に立ち尽くす女司祭に振り向いた。

裏切り者のくせに、自己肯定の激しいこの女司祭は、この軍人の嫌いなタイプ。

しかも、他の修道女へ偉そうに教えを説きながら、自分はしっかり女の顔をしていることに無自覚で、反吐が出る。


まあ、そんな顔をさせるのは、ただひとりなのだが…。


今もクライネフのことを、精一杯の虚栄を張って上から見下ろそうとしている。


ならば、簡単にそこから引きずり降ろしてやれば良い。


「そうそう。そのチュラコス公爵令息の大切な伯爵令嬢が、ガッデンハイル公爵令息のたったひとりの幼馴染だそうですよ。前に申し上げましたよね。片想い中のご令嬢がいらっしゃると。それがそのご令嬢です」


その瞬間、女司祭の顔が、得も言われぬほど醜く歪んだ。


「お黙りなさい!小神官様を侮辱することは許しません!それはデマです!ガッデンハイル小神官様は、神のために生きられる!そのすさまじい神力で、初代教皇猊下にも勝るとも劣らぬ教皇となられるのです!」


掴みかからんばかりのその形相に、クライネフは満足そうに笑い声を上げる。

その女司祭の顔は、自分より何十歳も年下の年端も行かぬ男の幼馴染という、会ったこともない令嬢への醜い嫉妬にまみれていた。


「偉そうなことを言っているが、所詮、自分のものにできない男を、だから誰のものにもなってはダメだと喚いているだけだ」


そう言い残し、クライネフは部下を引き連れ、風のように院長室を後にする。

バタンと音を立てて扉が閉められた後の暗い部屋では、女司祭がわなわなと震えながら立ち尽くしていた。


老婆が、空になった水差しを手に取る。

中の匂いを決してかがぬよう、それをラーラが着ていた夜着でくるみ、荒れた私室を片付けていた。




*********




何度説得しても、メイナードは『アデナの門』より外に行くことを了承してくれない。

今では、ローザリンデがフィンレーの婚約者だと認識した門の管理人も、絶対に外に出てはいけないと、逆に自分の方が説得されていた。


「パトリックを修道院へ近付けてはならないのに…」


ローザリンデは頭を抱える。

メイナードには、修道院の院長はパトリックの信奉者で、きっと今の彼を受け入れ難いから、そこへ行けば『裏切り者』だと危害を加えられるかもしれないと説明するが、こんな言葉だけで、納得するわけはなかった。


メイナードは、パトリックが『ガッデンハイル枢機卿』として、教皇以上の信奉を集めていたことを知らないし、であれば、その感情の下地が、すでに教皇やその近しい人物にはあるのだということを納得させられるわけもない。


そしてその信奉心というものが、驚くほど強烈で執着にも似たものだということも。


だが、メイナードは最大限の譲歩をしてくれた。


「分かりました。では、わたしがご令息方を追いましょう。もし修道院へ行くなら、間違いなく副団長たちと合流するはずです。ただ今すぐは無理です。『ハフナの門』でご令嬢に付いていた、チュラコス公爵令息の護衛を呼び寄せ、彼らがここに来てからです」


そう言われて、ローザリンデはその護衛をまいて来たことを後悔した。

今から呼びに行って、ここに着くのを待って…。


しかも結局メイナードがひとりで行くなら、『アデナの門』まで来るのに要した時間が無駄になった。

『ハフナの門』で皆の納得を得られるよう説得し、そこからメイナードなり護衛のひとりなりに行ってもらった方が、どれだけ早くパトリックにその危機を伝えられただろうかと…。


(でも、『修道院へ行ってはならない。あなたは裏切り者だと思われているから、近づいてはならない』とだけ告げて、果たしてパトリックが聞いてくれるかと言えば…)


それでも、結局こうしてローザリンデが一歩も動けないなら、自分はやり方を間違ったのだ。


(こうしている間にもパトリックが修道院へ潜入して、万が一、思い余って害されてしまったら…)


ローザリンデは思わず顔を手で覆った。

それに合わせて、リボンでひとつにまとめられているダークブロンドの髪が、さらりと肩を覆う。

この門には女性の使用人はおらず、ローザリンデは公爵家用の建物の一室にひとりで置かれていた。


もちろん入口はメイナードと、ここの私兵によって固められている。


ふと窓の外を見れば、外は薄い紅色に暮れなずみ、生温かな春の気配を漂わせていた。


そこへ遠慮がちな扉を叩く音。


一度顔を上げたが、気のせいかと思いまた伏せる。

しかしそこへもう一度音が。


今度は確実に聞こえた。

同時に声も。


「お嬢様。『ハフナの門』より護衛が参りました」


ローザリンデはすぐに立ち上がった。早くとも明朝だと思っていた護衛たちが、もう到着したという。

もしかすると、自分の後を追って、すでに『ハフナの門』の門を出立していたのかもしれない。


逸る気持ちで部屋の扉の内カギを開ける。


「待っていたわ!」


扉の外には長身の男。

明らかに貴族階級の人間だと思わせる、明るい金髪に翡翠色の瞳の、柔和そうな顔立ちの長身の男だった。

読んで下さり、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ